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わいせつってなんだろう ■ 秋亜綺羅  ※エッセー

エッセー
04 /27 2009

わいせつってなんだろう   ■ 秋亜綺羅

 タレントの草剛が逮捕された。公園で全裸になったからだ。どこかの出版社と組んでヌード写真集を出せば何億という価値がつくはずの肉体が、街の公園ではわいせつ物として取り扱われたのである。
 「裸だったら何が悪い」と草は警察に語ったそうだが。そうだよ、なにも悪くないよ。記者会見でも言ってほしかったくらいだ。
 ファンのひとたちは怒るよね。大事なひとの体をわいせつだと決めつけられ、そのうえ家宅捜索である。いくらファンといっても、裸を見たくたって見れないし、家にだって入れないんだぞ。
 スケジュールいっぱいの草に集う仕事上のひとたちにとっては、何億という損害になったはずだ。一般人が酔って脱いだのなら、醒めるまで警察署に寝せて帰されるのだろうけれども、なにしろ世界的なタレントである。このことを大事件として扱うことで、ギャラを1円も払う必要もなく大儲けすることになった業界もある。それに乗せられてか、政治家までがこっけいなコメントを出したりした。警察も、騒ぐマスコミにびっくりしてか大事件だと勘違いした。こんな事件で家宅捜索なんて、憲法違反だろうと思う。そうやって、お金を奪い合う資本主義ゲームは続いていくのだった。

 で、わいせつとはなんだろう。と考える。裁判になってしまえば、陰部を露出したかとか、ひとの性欲をいたずらに刺激したかとかが問題になるのだろうと思う。けれども法律(判例)の世界では、たとえば浮気といえは、配偶者以外の異性と性器をインサートすることである。心の問題はほとんど無視されてしまう。だがこの種の問題は心がいちばん肝心であることを、だれもが知っている。
 で、わいせつとはなんだろう。と考える。恥ずかしいことをひとに見せることだろうか。それとも、ひとが不快と感じるものを見せつけることだろうか。
 けれども、とまた考える。むき出しの刃物を怖いと思うことはあるが、醜いと感じるわけではない。夜の公園を歩く女性にとって、男の裸は怖いものであって、わいせつなものじゃないんじゃないか。まして男が、女の裸をわいせつと感じることはもっと稀かもしれない。
 それでは、と考える。見た人が恥ずかしいと感じるものを、わいせつというのかもしれないな、と。すると、恥ずかしいものとはなんだろう、ということになる。
 裸が恥ずかしいよ~といって生まれてくる赤ちゃんは世界にいない。おなかがすく、
寒い、痛い、熱い、さみしい、いやだ、うれしい…赤ちゃんはほとんどの感覚をもって誕生するのだけれど、恥ずかしいだけはないのである。
 待てよ、と考える。恥ずかしいという感覚は動物のなかでも、人間にしかないんじゃないだろうか。待てよ、恥ずかしいという感覚はまったく、ひとそれぞれのものではないのだろうか。いや待てよ、恥ずかしいというのは「感覚」ではなく、人間がつくり出した「文化」ではないのか。家庭や社会、宗教などから教育された「美学」なのではないか。
 1970年代の前衛劇には全裸がかならず登場したし、ストリーキングと称して街を全裸で走り抜けた。自分がいちばん恥ずかしいと思うことをすること、親に見せることができるような演劇はするな、とばかり「体制」と闘った。すこしこじつければ、これも大人におしつけられた「美学」への反抗だった。

 さて、わいせつとは、望んでいないものを見せつけられることだ、ともいえるだろうか。だが現代の生活そのものが、実は望んでいないもののかたまりであるといえなくもない。たとえばすぐれたTVコマーシャルとは、見ようとしていないひとを思わず振り向かせる。なんでもない音楽でも、何度も聞かせることで好きにさせる。食べようと思っていないひとにまで唾液を誘う。そんなコピーや映像を競ってつくっている。外に出れば、ビルの壁いっぱいにかけられた新築マンションの看板、歩行者を次々と追い抜いていく自動車の排気音、店頭から切れ目なく流れる騒音のような音楽。現代の街はといったら、わいせつがいっぱいなのだ。

 わたしはいま小学生のころのことを思い出している。50年もまえのことだけれど。ある日、小学校に偉い先生がいらっしゃって講演をされる。静かに聴くように、と講堂に全校生徒が集められたのだった。それがなんという先生で、なんのお話をされたのかはほとんど覚えていない。覚えているのはとてもよぼよぼのおじいさんだったこと。静かにぼそぼそとゆっくり話されるのだが、尊敬に値するひとだなと、自然に感じられたことである。
 その先生の講演が終わって、さあ先生がお帰りになるのでみんなでお見送りをしましょう、ということになった。全生徒1000人弱のこどもたちが全員、正面玄関につながる道路の両側にならんで、先生を拍手で待っていた。先生はあまり身なりも立派とはいえず、歩き方もちょっと冴えない。先生は生徒の拍手のなかをすこしずつ歩いて来た。
 その時、あれ。先生は横道にそれて立ち止まった。すると、みんなが見ているまえで、立ち小便をはじめたのだった。お年寄りのせいか、長い時間おしっこをしていたような気がする。終わると先生はなにごともなかったかのように、また生徒のなかを歩きはじめた。止まっていた拍手も、また鳴りはじめていた。
 わたしはこのとき、この先生ってほんとに偉いひとなんだなぁ。と心から、いや体の奥からぞくぞくっと感じたのだった。
 この出来事のどこかに、わいせつといえるものがあっただろうか。

かわいいものほど、おいしいぞ ■ 秋亜綺羅  ※エッセー

エッセー
03 /07 2009

かわいいものほど、おいしいぞ ■ 秋亜綺羅

 わたしは、じっちゃんっ子だった。じっちゃんは父方の祖父で、とうに亡くなっている。わたしが小学校低学年まで両親とも教師をしていたので、留守番とわたしのおもりが、じっちゃんの主なる仕事だった。わたしが小学校から帰ると、部屋のまんなかのちゃぶ台(食卓)で、じっちゃんは袋貼りをしていた。昔は魚屋でも八百屋でも、古新聞紙や古雑誌で作った袋を包装紙がわりに使っていたものだ。じっちゃんは古い書籍や雑誌をどこからともなくたくさんもらってきて、まずそれを全部読むのだ。小さかったわたしにとって、じっちゃんは世界で一番の読書家だった。読み終わると綴じている針金をはずし、余ったごはんで糊を作り、袋を貼りはじめるのだった。できあがった袋は近所のお店に持って行き、じっちゃんのすこしばかりの小遣い銭になるのだ。そのお金がわたしへの駄賃になり、またじっちゃんの好物の焼酎に変わるのだった。じっちゃんにとって焼酎は、少ない楽しみのなかで、もっとも贅沢なものだった。その焼酎の一升ビンは夕食直前に必ず押入れからとり出され、決まったガラスのコップにあけられて、一気にじっちゃんの喉を流れていく。それはほんとうに一瞬で、ひと息で飲み乾されるのだった。だがそれは一晩にコップ一杯だけで、じっちゃんが焼酎をおかわりするのを見たことはない。じっちゃんはわたしにとって世界で一番、酒の強い男だった。
 じっちゃんとの思い出のひとつに、スズメをつかまえて食べたことがある。近くのドブでドジョウをすくったり、庭にヘビが出たといってはとらえて料理したり、そんな時代だった。わたしの記憶ではじっちゃんは、焼酎をしみ込ませたコメを、庭に遊びに来たスズメたちに食べさせた。ヨロヨロと酔っ払って踊るスズメたちを、手でヒョイヒョイと捕まえたのだ。あとはおいしい焼き鳥、というわけだ。
 さてすこしく時が経ち、七〇年安保に負けた頃、わたしは東京に住む学生だった。すこしは詩人として有名で、大学にはほとんど行かず、戯曲を書いたり、詩の朗読会のために走ったりしていた。詩の仲間と激しく論争しては酒を飲み、お金はいつもなかった。パチンコでとったボブ・ディランと鯖の缶づめだけが主食だったり、タンポポの葉を天ぷらにして食べたりもした。おなかが減っていた。
 その時だった、思い出したのは! じっちゃんのスズメだ! スズメだ! 焼酎をさっそく手に入れてコメをそれにひたした。さあ、今夜のおかずは焼き鳥だ。焼酎にひたしたコメをさあベランダに蒔いたぞ! しばらくすると…、来た。スズメが…食べている、コメを! と、あ、焼き鳥が…、焼き鳥に変身するはずのスズメさんが、とても元気に飛び立って行ってしまった。なんてことだ。東京のスズメは焼酎にめっぽう強いな。強すぎる。
 そこで余った焼酎で反省会。じっちゃんとの思い出をもうすこし掘り下げてみよう。
 …じっちゃんはスズメをいつもかわいがっていたよな。毎日同じ時刻にコメをあげていた。そのコメはもちろん焼酎にひたされたものではない。スズメたちもすこしずつなついてきて、はじめは庭だったコメも、縁側に蒔かれるようになる。スズメたちはもう部屋にまで入って来るほどだった。そこまで一か月ヽヽヽほど経ったのだろうか。そこでとつぜん、じっちゃんは焼酎のコメをスズメたちに与えることになる。主人を信じ安心しきったスズメは酔いやすい、とでもいうのだろうか。スズメは、酔った。な~ぜぇ。
 あ! わたしは気づく。一か月! じっちゃんは無毒のヽヽヽコメをスズメたちに一か月ものあいだ与えつづけている。それと同じ一か月という時間だけ、台所の戸棚でコメは焼酎に漬けられていたのである。一か月ものあいだ焼酎にひたされつづけたコメは、すでに、スズメを踊らせるだけの魔力をもっていた。一か月、じっちゃんはスズメたちを愛しつづけ、別の場所に置かれたもうひとつのヽヽヽヽヽヽコメは完全にアルコールのカタマリとなっていった。じっちゃんは一か月かけて、スズメを料理していたのだった。
 だが、じっちゃんがスズメを長い間かわいがってから、食べたのはなぜか。
 そういえば、スズメの焼き鳥をわたしにくれたとき、じっちゃんは確かに言った。
「スズメっこ、めんこいがら、うめぇぞ」
 近所のドブですくったドジョウにでも、庭でとらえたヘビにでも、長い時間じっちゃんは無言で話しかけているように、幼かったわたしにはおもえた。
 農家の人たちはコメや野菜を、豚や牛を、ほんとうにかわいがって育てる。動物の赤ちゃんがかわいいのは、天敵に同情させ襲わせないためではないか、という学者がいたけれども、わたしはそうはおもわない。かわいいことは、おいしい証拠なんじゃないか。赤ちゃんは肉がやわらかくておいしいよ、というわけだ。
 とりあえずじっちゃんは、いのちほど大切な焼酎を、かわいいスズメたちと分かち合ったのだった。

秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅