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「イリプス」Ⅲrd 03号の野沢啓さんの文について──秋亜綺羅

公開質問+
04 /24 2023
 わたしの大好きな「イリプス」のページを汚すなと書いたのに、わからない人ですね。「イリプス」の前号では、野沢さんの著となる書籍について、アマゾンの「レビュー」に書かれた読者の感想を2ページにもわたり叩きのめしています。ほんとに物書きなんですかね、野沢さんていう人は。ゼッタイにやってはいけないことだと思いますがね。

 今回のブログによる「公開質問」に対する、野沢さんの回答(?)の最後に「この文章は、秋亜綺羅がちゃんと扱う保証はないので、みずからのブログにも掲載する」と書いています。なにを言いたいんだろう、この人? そんな卑怯な奴なんているわけないだろう、と思ったわけだけれどね……。なるほど。今回の野沢さんの文章には、わたしの16の「質問」の内容はいっさい紹介されていません。そんな卑怯な奴って、いたんですね。自分がそうだからって、他人を一緒にしないでほしい。


「イリプス」Ⅲrd 03号の野沢啓さんの文は「公開質問という虚妄」「反論にもならない権力亡者の馬脚」といったインサートタイトルがあって、見出しだけで読ませようとする3流ゴシップ週刊誌に劣らないです、お世辞だけれど。秋亜綺羅の質問とその回答をうまく避けながら7ページにも及んでいて、とても立派です。


 野沢さんは「このひと(秋亜綺羅)はどういう資格でこんなつまらない文章を書いてひとに訴えようとしているのか」と書いています。確かに、嘘つきに付き合うほどつまらないことはありません。ほんとうにつまらないです。わたしは「ひとに訴えよう」などと思っていません。野沢さんがどうして真実がこれっぽっちもない文章を書き続けることになったのかを知りたいだけです。そして「資格」というより「責任」を逃れてしまった野沢さんの代わりに、当時の日本現代詩人会の理事長としての立場で、事実を確認しなければいけないと思ったからです。


 野沢さんの書くことに対して沈黙していることは、公益信託基金と日本現代詩人会との癒着を認めることです。もちろん事実だと判明すれば、わたし自身も野沢さんとともに闘うでしょう。だからこそ「公開質問」をしたのです。


 わたしは5年ほど理事をしていて、そのうち2年は詩集賞担当をしていました。その間、公益信託基金から圧力や権力を感じたことはありません。公益信託基金といっても、7名の委員は全員、日本現代詩人会会員の重鎮(?)ばかりです。それでも、馴れ合いを感じたこともありません。大体にして基金のお金を「自由裁量」できる人など存在できないのです。だから「裏」も「実権」も存在しないのです。そのくらいのことは取材してから書きなさいよ。


 質問には答えず、言葉じりをとるのが常套なようですが。野沢さんが選考委員長になった経緯をわたしは「偶然」と言い、野沢さんは「心ならず」と言った。「偶然」を否定する人が「心ならず」はないでしょう。つまり、どっちでもいいことばかり書いて、質問から逃げているとしか思えません。こんなもの7ページも書くほどヒマ人だったら、箇条書きにされた15の質問に答えなさいよ。(16番はわたしの意見にすぎないからいいですが)


 わたしの質問①の、高岡修が刺客として呼ばれた件については、間違いを認めたわけですね? 新藤凉子が野沢さんを候補として挙げたことも認めたわけですね? 

 

 わたしの質問のレベルが低くて答えてらんねぇや、と言いながらも、新藤凉子の別荘に招かれて楽しく過ごしたよとか、歴程には3回も誘われたんだぞ、とかお茶目に答えてもらってありがとうございます。2回でも4回でもよかったのですが。「わたしにはウソを言う理由がないから本当だ」という野沢さん。昔の小学生なら使っていたへ理窟かもしれないけれど、今どきはいくら何でもと大笑いでした。


 野沢さんに嘘を言う理由がないのなら、裏で実権を握っている者がいるのですか? という問題に進まなければなくなりますよ。そんな嘘ばかりを吹き込まれ、それを取材も調査も確認もしないで活字にする。おおよそ物書きの仕事とは思えません。


 それから。選考委員について新藤凉子が「秋さんが決めなさいよ」と言ったことを、独断的だと野沢さんは書いていますが、前後の文章をちゃんと読みなさい。理事会の提案により全理事からメールで候補者を示してもらい、そこからは会長・理事長に一任という理事会決定があったのです。それでわたしが候補者に電話をすることになったわけです。その一覧に野沢さんはなく、新藤さんの提案であったことは確かですので、野沢さん以外は理事会承認ということです。もちろん野沢さんも含めて次回の理事会で全員賛成で正式承認されていますので、野沢さんも問題ありません。


 野沢さんは7ページもの文を書くのに、どれだけ取材をされましたか? 中本道代とわたしは、第2次選考委員会当日に出席していた全員に連絡を終えています。野沢さんは証人が一人いる、と書いていますが。当時選考委員だった関西の一人の詩人が、新藤凉子が前のほうで誰かと話しているのを覚えている。それは誰とかは覚えていないし、話の内容は聞こえなかった、ということでした。ほかは全員、新藤凉子の会長挨拶でのその発言は聞いていないとのことでした。野沢さんが言う証人とは、その方ではないでしょうか?


 公益信託とは何かとか、全国の詩集賞授与関係機関の規約なども、ずいぶんと調べました。なんで「歴程」に飛び火したのか理解できませんが、歴程についてはここ5年ほどわたしが実務をしていましたので、調査には及びませんでした。同人どうしの論戦は当然ありますし、個性を曲げない詩人たちばかりです。詩壇で権力をなどという団結心など最初からないのが、歴程なのです。ただ、野沢さんも3回だか入会を勧められたように、新藤凉子はけっこう入会の勧めをしていたようです。野沢さんは、秋亜綺羅の理事長は新藤凉子の引きで、と嘘を書いていますが、その時はわたしは歴程同人ではありませんでした。新藤凉子とは初対面に近い状態で、新藤凉子会長・秋亜綺羅理事長の理事会が2年間あったというわけです。そこでわたしも誘われて歴程に参加することになったのです。今は辞めましたが。


 公益信託基金に対しては、今後どのように解決していくべきかを、相談しなければなりません。公益信託が選考に口を出していると言われたままでは、日本現代詩人会の詩集賞に賞金を出し続ける必要に疑問を持たれることでしょう。


 このままでは、2018年の現代詩人賞受賞者の清水茂にたいへん失礼になります。八重洋一郎にも失礼です。自分の意志とプライドを持って選考委員会に臨んだ当時の選考委員の詩人たちは、公益信託からの意思を汲んだと言われては心外でしょう。しかも、各自の選考評を選考委員長に批判(批評)される筋合いなどないでしょう。これまでの、H氏賞、現代詩人賞受賞者たちに対しても失礼というものでしょう。そして詩の世界に憧れる若い未来の詩人たちを落胆させることになるでしょう。


 わたしが「公開質問」を終了したのは、野沢さんによる嘘つきのベクトルがわかってしまったからです。質問には一つも答えず、その挙句「今回の公開質問のほんとうの仕掛け人はほかにいて、このふたりはその言いなりになっているのだ」だってさ。中本道代は当時の詩集賞担当理事として責任を持つための行動をしただけです。恥ずかしいことにわたしは中本より責任ある立場にいたことに気づき、二人で連絡を取り合ったことは事実です。その二人の本人が、理由がまったくない嘘の真上にまともに立たされたわけです。野沢さんの論(?)には、定義も証明もまったく無いのが不思議だったのだけれど。な~んだ、みんな、これだったんだ! ただの妄想! ぜんぶ嘘! と、わかってしまったので「公開質問」をするだけ無駄。それで終了したのでした。 


 最後に、野沢さんは「新藤がそんな馬鹿なことを私が会長挨拶で云うわけないじゃないの、と言ったという情報もおよそ怪しい。昨年十月七日に新藤は亡くなっているのだから、これは以倉の創作だろう」と書いています。野沢さんはなんて馬鹿野郎なんだ。あれは8月だよ。新藤凉子は以倉紘平からの電話の後すぐわたしに電話をくれたんだよ、激高して、とんでもなく。「絶対に許さないわよ」と。わたしはしばらく話を聞いて答えたのです。「大丈夫です。あの日のことは、わたしはちゃんと覚えています。一日中新藤さんの横にいましたから。4年も経ってなんで覚えているかというと、選考会で新藤さんが居眠りを始めたのです。最初は疲労がたまっているのだろうと放っておいたのですが、ちょっといびきが出そうになったので、さすがに肘を押しましたよ」と。新藤凉子はようやく落ち着いたようで「しばらくぶりに声を出して笑えたわ」と言って電話を切ったのです。「しばらくぶりに声を出して笑えたわ」がわたしにとって、新藤凉子の最後の声だったんだよ。その直後に新藤凉子の娘の美可さんから電話があり「母を入院させました」と。コロナのせいで面会もできず、電話も許されず、看護師さんを通して「秋亜綺羅に任せるから歴程祭をやりなさい」というメールが来たのです。そのまま新藤凉子は帰らなかったのです。「以倉の創作だろう」だと! 2度と言ってみろ! 全部が全部、その調子のお調子者め。


野沢啓さんの「回答」に対して中本道代からのメッセージです。

公開質問+
02 /08 2023


野沢啓さんの回答文を読んで

                     中本道代


 野沢啓さんの回答文は、肝心の質問にはほとんど答えようとせず、罵りと見下しに終始していて驚かされました。
 野沢さんは新藤さんが会長挨拶で「『日毒』は受賞の対象にしてはならない」と言ったと主張していますが、その言葉を誰も聞いていないことの理由を、秋さんや中本は「事の重大性を察知する能力と判断力が」ないからだと嘲り、選考委員の人たちは「これから始まる選考会のことで頭が一杯になっていた」か「『日毒』のことをほとんど知らず」「関心外だった」からだと見くびっているのです。今日で受賞詩集が決まるという日の会長挨拶ですから、緊張感のある空気の中で始まりました。そんな時に「〇〇の詩集は受賞させないように」と会長が言ったとしたら、皆驚いて耳をそばだてたはずです。「五年も前のことだし」と野沢さんは言いますが、そんな「前代未聞」の出来事があったら、たった五年で全員が完全に忘れてしまうということがあり得るでしょうか。それに、『日毒』は候補に上がっていたのですから、選考委員の人たちは精読して来ているはずです。「ほとんど知らない」とか「関心外」であったはずがありません。野沢さんにとって他者とは揃いも揃ってそれほど愚鈍なものなのですか。どうしてそこまで人を見下すことができるのか不思議です。
 秋さんと私は、自分たちの任期中の選考会で問題があったと言われて知らない顔はできず、でもそれが事実ではないことだったので、秋さんは野沢さんへの公開質問状を作成し、私は抗議文を書きました。それを野沢さんは「ほんとうの仕掛人はほかにいて、このふたりはその言いなりになっているのだ」と侮っています。野沢さんには、人が責任感から動くということが理解できないのでしょう。
 野沢さんは、新藤さんに悪意はないから嘘を言う理由がないと言っていますが、新藤さんには悪意はなくても、野沢さんがいつまでも名前を伏せたまま糾弾している「裏の人物」に対しては悪意があるように見えますが、違うでしょうか。
 また野沢さんは「わたしは…いちども〈不正〉という言葉を使っていない」と書いています。でも、イリプスには「(『日毒』は)残念ながら受賞にはいたらず次点に終わったが、そこには恐るべき詩壇政治家の策謀があった」と書かれています。それは『日毒』は策謀があったから受賞できなかった、と読み取れますが、それがすなわち不正ということではないのですか?
 そして、「秋亜綺羅などはそれまでの詩人としての実績からすれば何者でもなく、あくまでも新藤凉子の引きで理事長の座に収まっているだけではないのか」とも書いていますが、詩の世界に「何者でもない」人などいません。野沢さんはどうやって何者でもない人と何者でもある人を分けているのですか? そしてその場合、野沢さん自身はそのどちらに入ると思われているのですか?
 また「あくまでも新藤凉子の引きで理事長の座に収まっている」という言葉ですが、理事会に入っていない野沢さんにどうしてそういうことが言えるのですか? 誰かに聞いたのですか? 単なる推測ですか? 秋さんは能力があり、信頼できる人柄だから選ばれたのだとは思ってみることもないのですか? 野沢さんはやはり、伝聞か推測だけで、検証もせずに人を貶めるようなことを書く人なのだな、と思わずにはいられません。

野沢啓さんからの「回答」について。

公開質問+
02 /01 2023
 お忙しいのにご回答ありがとうございました。
 わたしの意見を1文字も書かずに野沢さんの「回答」をこのブログに掲載し、3日ほどになります。読んだ方には先入観なく比較して読んでいただけたかと思います。一説によれば「イリプスⅢ」に反論をお書きになるそうだ。とのことでしたが、直接ネットでお答えいただいたのは、とてもうれしく思います。「イリプス」はわたしの好きな詩人たちの大切な詩誌ですので、わたしとの論争などにページを使わせては失礼だな、とちょっと心を痛めておりましたので。
 せっかく箇条書きにして質問したので、認めるか否かを答えていただければいいものを、どこかの国の国会答弁みたいに、各論を総論に置き換えて、結果的に95%以上は返答していない。せっかくブログという、読みたい人はいつでも読める場所で交し合ったというのに、読んだ方には不満が募ったのではないかと思われます。
 しかしながら、中本道代とわたしにとっては、満額回答というか、とても満足いくお答えとなりました。もしも中本道代とわたしが同じ部屋で同時にこの「回答」を読んだとしたら、ふたり顔を見合わせて、大笑いしたことでしょう。実際、わたしはひとりで声を上げて、笑っちゃいました。
 野沢啓さんの「回答」のこの部分です。


   それをほかに誰もいなくて自分だけが主張しても
  それは通らないでしょう、とは中本の発言でそこに
  裁判になったらというニュアンスを付け加えるのを
  忘れていない。そこでわたしにははっきりわかって
  しまったのだが、今回の「公開質問」のほんとうの
  仕掛け人はほかにいて、このふたりはその言いなり
  なっているのだ、ということである。この裏の人物
  は『歴程』の次号にわたしへの反論を書いたとのこ
  とだが、そうしてみると、この「公開質問」のしか
  たとすべては符節が合うように動いていることがわ
  かる。


 これで、中本道代と秋亜綺羅も犯罪者集団の一味に決めつけられてしまったわけです。この文章の書き方って、きちんと材料があって証明できたときに使われるはずの文法ですよね。裏の人物って、以倉紘平でしょ? という質問にも答えず、懲りない方ですね。以倉紘平とわたしのこれまでの現代詩人会での関係だったら、疑ってもいいですよ。でも中本道代との接点はいくらなんでも。
 要するに、中本道代本人と秋亜綺羅本人が身をもって、100%の嘘の対象になっちゃいました。「ああ。すべては、これだったんですね」と中本道代とわたしはメールしあい、納得しあいました。これでふたりは自信を持って誰に聞かれても、野沢さんの言うことは勝手な想像で、しかも当たっていない。わたし自身が証拠です。と言うことができます。ありがとうございました。実感というか、体感というか、自分がそういった虚構の一部になるのも、不快じゃないですね。わたしだけかな?
 だいたい、詩人がほかの詩人の「言いなり」になるものですか? 詩の世界で何者でもない秋亜綺羅は、そんな関係を見たり聞いたりしたことがありません。野沢さんの世界にはあるんでしょうね。
 最初から書いていますように、当時の詩集賞担当理事だった中本道代と、当時の理事長だった秋亜綺羅が、事実を確認しておく必要を感じただけです。毎年3月に開かれるという基金の会議で話題になる前に、日本現代詩人会も事実の究明はしていますよと言わなければ、基金と日本現代詩人会の間に溝ができかねないと考えたからです。
 中本道代だって秋亜綺羅だって、こんなことに関わっていたくないですよ。長い質問原稿を書くよりもっと何倍もの時間をかけて、関係者に電話をしたりメールをしたり。そこで野沢啓さんの主張が事実だとわかれば、わたしは、以倉紘平と新藤凉子に「なんてことをしてくれたんだ!」と問い詰めるだけのことです。
 ちなみに、わたしは以倉紘平会長の時も理事の一人でしたが、確かに沖縄での「西日本ゼミナール」の講演者についての議題はありました。以倉会長は理事会でプログラムの変更はできないかと意見を確かに述べました。ただ、怒鳴ったりしていませんし、わたしは「ゼミナールは基本的に地元の詩人会に主導権を持たせるべきだし、これまでの印刷などの準備を変えるには時間がない」と言って反対しました。それが理事会というものです。それから、わたしが理事長になった時は歴程同人ではありませんでした。なぜだろうか、ベクトルの全部が逆なのが不思議です。
 でもこれで、回答されなかったことを再質問する必要もなくなりました。新藤凉子発言も「不正」ではないということですし、秋亜綺羅としてはこれで「公開質問」を終了します。中本道代が文章を書くようであれば、またこのブログを使用してください、と言ってあります。その時はよろしくお願いいたします。(秋亜綺羅)
 
 


野沢啓さんからの回答文です。

公開質問+
01 /29 2023
「秋亜綺羅『公開質問』への回答文」

 さて、この気の乗らない原稿にとりかからねばならない。というのは、秋亜綺羅が自分のブログページでわたしへの長ったらしい「公開質問」というのを書いて、わたしの書いた文章への無知まるだしで誤解と勘違いのオンパレードのあげく、まるで文章になっていない誹謗と中傷の駄文を書いて挑発してきているからである。
 このひとはいったいどういう資格でこんなつまらない文章を書いてひとに訴えようとしているのか。
 いちおう「公開」と名づけられている以上、最小限の回答だけでもしておいてあげないと、ますます勘違いして鼻高々になられても迷惑だから、回答しておくというにすぎない。しかし、ひとと対話を求めるなら、没論理で矛盾だらけの文章でない、もうすこしまともな文章を書いてくるのが礼儀だろう。二度も読み返す気にはなれない。(なお、この文章は秋亜綺羅のブログで公表したいらしいが、ちゃんと扱う保証はないので、みずからのブログページに掲載する予定であることをあらかじめ言っておく。)
 ことの起こりはこうである。昨年(二〇二二年)夏号の『季刊 未来』にわたしは「八重洋一郎の詩に〈沖縄〉の現在を読む――言語隠喩論のフィールドワーク」という文章を発表し、八重洋一郎の詩がもっている重要性とその意味づけをおこなったうえで、二〇一八年の日本現代詩人会主宰の現代詩人賞の第一次選考委員会でわたしが推薦して受賞候補にくわえた八重洋一郎詩集『日毒』にたいして、当時の新藤凉子会長が、最終決定をするはずの第二次選考委員会か始まるまえに、そのときのH氏賞選考委員とわれわれの現代詩人賞選考委員が両方とも集まり、ほかに理事会の関係者も数人いるまえで、あろうことか、この『日毒』は受賞してはならない、と発言したことに言及した。こんな無法なやりかたはないだろうと思ったわたしはすぐにその理由を糺したのは言うまでもない。すると新藤会長はそれは「ある筋」からの意向だと言うので、さらにわたしがその「ある筋」とは誰のことかと追及したところ、名前こそ出さなかったものの「この詩集の賞金を出す基金を預かっている者だ」と返事したのである。わたしはむかしから新藤凉子とは馴染みもあるからよく知っているが、こうした大らかさというかスキの多い、アーレント的な意味でのフリッパントな性格が出ていておもしろいのだが、はからずもこの一件について誰が係わっているかを問われるがままに白状してしまったのである。そして言うまでもなくこの人物は桃谷容子基金ほかの公益信託基金の形式的な代表とされている郷原宏氏のことではない。その裏で実権を握っている者のことだ。
 そう言えば、この人物は、数年前に沖縄で現代詩ゼミナールが開催されることになったとき、講師に八重洋一郎が呼ばれたことにたいし、理事会でその担当者をものすごい剣幕で怒鳴りつけたそうである。これは理事会の何人ものひとから聞いている。こうした誰でも知っている事実も「伝聞」ということでこのひとたちはすべて推測、憶測、ということばを並べて形式的に処理しようとするからだめなのだ。
 さて、会長挨拶のあとの選考委員会ではこうした妨害工作をはねのけて、内容には不満はあるものの形式的にはきちんとした選考がおこなわれたことは言うまでもない。この選考委員会では会長発言など問題にしなかった。委員長のわたしに責任がある、という秋発言はお門違いもはなはだしい。秋によれば《野沢さんが偶然に選考委員長になったことをいいことに》わたしが『日毒』について《長々と力説する独壇場》となり、《委員長はどちらかと言えば、議長役であるべきで、そんなに自説を述べる必要があるのか》といった卑屈な論理を出している。わたしはこれまで二度H氏賞の選考委員を指名されたことがあるが、今回と同じく、いずれも選考委員の互選で心ならずも選考委員長をやるハメになった。たんなる議長役などとして引き受けたわけではない。秋は偶然性を主張するが、そんなことはない。あくまでも互選であって、このときちがうひとを選んだのは塚本敏雄と黒岩隆の『歴程』メンバーだけであって、どういうわけか同じメンバーの高岡修はわたしを選んでいる。こんなことを言うのは、わたしは委員長であろうがなかろうが、議長役、進行役などといった不似合いな役割を強制されることはなく、自説をきちんと言っただけだということである。このあたりからして秋亜綺羅はなにもわかっていない。
 そんなことよりも秋亜綺羅と中本道代(当時の詩集賞担当理事)が言いたいのは、そもそも新藤会長発言はわたしの勘違いか思い込みか、さらには悪意に充ちた中傷だ、というまったくとんでもないデマだ。かれらはその証拠に自分たちふたりもすぐ横にいたのに聞いていないし、現代詩人賞選考委員にも確認したところ、誰も記憶がないことを論拠としている。もう五年のまえのことだし、さらには選考会が始まるまえの儀礼的な会長挨拶だろうと考えてちゃんと聞いていないか、聞いたとしても『日毒』のことをほとんど知らないひとたちだったら最初から関心外にあり、むしろこれから始まる選考会のことで頭が一杯になっていただろうことは容易に想像ができる。わたしは自分が推薦した詩集を選考以前にむげに斥けようとするこの発言は何なのだと思ったからで、それも二度質問を繰り返してさきほどのような裏事情を引き出したから間違いなく覚えているのだ。それをほかに誰もいなくて自分だけが主張してもそれは通らないでしょう、とは中本の発言でそこに裁判になったらというニュアンスを付け加えるのを忘れていない。そこでわたしにははっきりわかってしまったのだが、今回の「公開質問」のほんとうの仕掛け人はほかにいて、このふたりはその言いなりなっているのだ、ということである。この裏の人物は『歴程』の次号にわたしへの反論を書いたとのことだが、そうしてみると、この「公開質問」のしかたとすべては符節が合うように動いていることがわかる。秋亜綺羅と中本道代は自分たちがそんな大事なことを聞き逃すはずがないと言うが、この問題の重要性はわたしの文章によって初めて明らかにされたのであって、かれらに事の重大性を察知する理解力と判断力があるとはとうてい思えないのだ。ましてやこんな唐突な会長発言に対応できる思想的瞬発力などもないだろう。かれらのこれまで書いてきたものを見てもそうした能力を期待させるようなものは見たことがない。わたしの本や雑誌も最初は送っていたが、なんの反応もないし、おそらく読んでもいないか、読んでもわからないだろうから送るのをやめてしまった。もっとも中本にはむかしの誼みで送っていたが、こういうかたちで仕返しをしてくるとは思わなかった。
 そもそもかれらが気がつかないか、そのふりをしているのは、わたしにはウソを言う理由がないということである。新藤凉子の熱海の別荘にみんなで招かれて楽しく過ごしたこともあるし、歴程にだって三回も誘われたこともあるぐらいの良好な関係だからなんの問題もなく、その時宜にふさわしくない会長としての発言だからこそ問題にしたのである。実際、秋亜綺羅が選考委員の選定について無防備にも書いているところによると、わたしを選んだのは新藤凉子自身だというではないか。わたしも第一次選考会のときに会長に「いったい誰がわたしなんかを選んだのでしょうね」と聞いたところ、即座に「わたしよ!」と力を入れて返事をしたぐらいなのである。中本も不思議だと言ったように、なぜその不思議=ウソをつく必然性のないこと、に考えが及ばないのだろう。悪意など最初から微塵もないのである。そう言えば、この裏の人物はわたしが歴程のメンバーである、とかそれこそウソをまき散らしている。さきに言ったように、わたしは新藤凉子の誘いを三回とも断っている。これは若いときにあるひとから「君、歴程なんかに入っちゃだめだよ」と何度も念押しされていたからである。
 いずれにしても、かれらの論拠はいずれ崩れることになるし、そうなれば「公開質問」なるものの無意味さがはっきりし、ここでのわたしにたいする一方的な悪罵とバカげた理屈はみな消失することになるだろう。だから秋がわざわざ列記した間違いだらけの幼稚な質問項目にさしあたっては包括的に応えることで十分すぎるほどである。
 それからいちいち挙げていたらきりがないが、わたしはこの文章とその後の『イリプスIIIrd』1号の「言語隠喩論のたたかい――時評的に1」でいちども〈不正〉ということばを使っていない。ひとの文章もろくに読まずに、あるいは読んでもわからずに、わたしが使っていないことばを自分のほうが何度も使っているのは、あなたたちお得意の思い込みなのか、もしかすると新藤会長発言の〈不正〉をじつは了解していることの無意識の現われなのだろう。パスカルに《感情は理智の知らない真理を知っている》ということばがあるが、ふたりの感情はそんなふうに逆説的に動いてしまったのだろう。フロイトだったらこの間違いの真相をもっと鋭く深く切開してみせる。言い間違いはたんなる間違いでなく、自分の心の内情を暴露してしまうものだ、とね。
 それからもうひとつだけ事実を明らかにしておこう。新藤凉子会長が歴程の会でつねづね日本現代詩人会の会長は歴程から出さなければならないと言っていたことはたしかに伝聞ではあるが、歴程の複数のひとから聞いていることであり、会長+理事長人事の現実もここ数年は歴程メンバーで構成されている事実がある以上、秋が知らないふりをするのはどうみてもおかしい。
 このことは現に詩集賞に端的に現われている。数ある詩人賞のなかでも比較的歴史が短いか財政基盤の弱そうなところは選考委員がほとんど歴程メンバーで占められているというレッキとした事実はどう説明するのか。
・丸山薫賞(豊橋市)の選考委員――以倉絋平、新藤凉子、高橋順子、八木幹夫、高階杞一(前の四人は歴程同人、ただし八木はその後に歴程を退会している)
・山之口貘賞(沖縄県)の選考委員――以倉絋平(委員長)、高橋順子、市原千佳子(すべて歴程同人)
・三好達治賞(大阪市)の選考委員――以倉絋平(二〇一六年から委員長)、高橋順子、池井昌樹、岩阪恵子(前の三人は歴程同人、ただし池井はその後に歴程を退会している。この賞は二〇一九年で終了したので、名前はその時点のもの)
・このほかに伊東静雄賞(諫早市)や小野十三郎賞(大阪文学学校)にも資金を提供している。
 萩原朔太郎賞や中原中也賞など大きな賞にはさすがに入りこめていない。こうした選考委員の顔ぶれをみると、どう考えても歴程グループによる偏向した選考が見えてこざるをえない。詩人としてそこまでの実力も評価もない人間がこうまで小さな権力にしがみつくのは詩人として情けないことではないだろうか。こういうことを書くとわたしがそんなことにかまけている人間に見られかねないので、このさいはっきり言っておくが、こういう人事にはいっさい興味がないことも言っておかなければならない。秋亜綺羅が最初のほうで《中本道代から電話をもらったわたしは噂ではすこしく聞いていたので「詩論の戦いならばともかく、賞がどうのという、詩と直接関係ないレベルの話でしょ。どうでもいいんじゃない?」と答えた》と言っている。その舌の根もかわかぬうちにこのような「公開質問」など仕掛けてくるのもやはり誰かの差し金だろうか。
 さらにもうひとつ。このときの選考委員の選考は新藤凉子会長が当時の理事長であった秋亜綺羅に「秋さんが決めなさいよ」と言った、と秋はわざわざ書いている。こんな大事なはずの選考委員の決定が会長と理事長のあいだで独断的に決めてもかまわないと思ってしまうのも歴程的だ。こう言っては悪いけれど、秋亜綺羅などはそれまでの詩人としての実績からすれば何者でもなく、あくまでも新藤凉子の引きで理事長の座に収まっているだけではないのか。そんな人間が公平な人事をひとりの判断でおこなえるはずがない。この体質こそ新藤凉子流の独占的引き回しの構図そのものである。渦中にいる人間にそのことが見えないということが今回の「公開質問」のレベルの低さをよく示しているのではないか。
 ほかにもいろいろ言うべきことが山ほどあるが、わたしもそんな時間つぶしをするほどヒマ人ではないので、お勉強はご自分でどうぞ。(2023/1/26, 27) 

長い公開質問を野沢啓さんにします。

公開質問+
01 /23 2023
 昨年、詩人で評論家の野沢啓さんが書かれた「八重洋一郎の詩に<沖縄>を読む」(「未来」夏号) と 「言語隠喩論のたたかい──時評的に1」(イリプスⅢrd01号) を読みました。というのも、日本現代詩人会が主催する2018年の現代詩人賞の選考が不正なものであったと書かれていると、当時の詩集賞担当理事だった中本道代から昨秋に電話をもらったのです。わたしは噂ではすこしく聞いていたので「詩論の戦いならばともかく、賞がどうのという、詩と直接関係ないレベルの話でしょ。どうでもいいんじゃない?」と答えたものでした。
 それでも気になってしまって読んでみました。いやぁ、読者であるわたしが顔が赤らんで恥ずかしくなるような、ゴシップ週刊誌の記事だとしたら、この週刊誌つぶれちゃうよねと思うほど、取材も定義も命題も証明も検証もない、憶測だらけの中傷記事なのです。「未来」は野沢さんの会社の雑誌だからそれでいいということなのでしょうか。
 それが当時の日本現代詩人会会長・新藤凉子の「不正発言」にとどまらず、賞金を供与する基金との癒着を述べています。まるで授賞者を基金が指名しているかのようにすら、一般の読者には読めてしまいます。万一、基金から注文があったとして、選考委員たちがそれになびきますかね? それが現実だったら最初っから誰も選考委員なんて引き受けないと思いますけれどね。選考委員の詩人としてのプライドをバカにしているとしか言いようがありません。
 実は当時、日本現代詩人会の理事長は秋亜綺羅だったのです。詩集賞担当理事が中本道代。そして現代詩人賞選考委員長は野沢啓さんでした。日本現代詩人会の「詩集賞選考委員会細則」では「第1条 この会に詩集賞を選考するための特別の委員会をおく。この委員会はこの会に属するが,選考についてはこの会から独立した自由な権限を持つ」とあります。つまり、ほかの誰かからこのような「不正」を訴えられて、それが事実だと判明すれば、いちばんに謝罪しなければならないのは、独立した権限を持っていた野沢委員長なのです。
 その肝腎の野沢委員長が「不正」を言いだしたのですから、まぁ他人には面白くて興味深いことなのかもしれません。しかし、このような委員長に当たってしまった担当理事と、理事長の身としては、委員長を差しおいて? 事実究明の仕事をしなければなりません。野沢委員長が開会を宣言して、野沢委員長が賞の決定を宣し、野沢委員長が閉会を告げたにも関わらず、です。
 野沢さんがいちばん中傷していると思われる、新藤凉子と以倉紘平はご存命であったにかかわらず(新藤はその後、逝去)、直接取材もせずに、噂と憶測であちこちに唾を吐くように活字にしています。それは卑怯で臆病というものです。
 わたしは最初、野沢さんに直接電話し、直接お会いし、二人が確実に事実と認め合ったことだけを発表しようと決意していました。でも、すでに汚い種はあちこちに蒔かれてしまっています。内部で解決できる問題ではなくなってしまっています。そこでいまや、誰でもが読もうとすれば読むことが可能である場所、このブログで「公開質問」として、意見と質問をさせてもらうことにしました。
 まずその前に、当時の詩集賞担当理事だった中本道代の文章を預かっていますので、全文を紹介させていただきます。
 ちなみに野沢さんならわかるでしょうが、新藤凉子と以倉紘平と中本道代と秋亜綺羅はそれぞれ、詩論も思想もまったく違います。言葉を扱う人間として、野沢さんも含めて、事実は何かを正しいやり方で追求してみましょうよ。
                           (秋亜綺羅)




二〇一八年度の現代詩人賞の選考について

                      中本道代


 昨年(二〇二二年)発行の「未来」夏号(未來社)と同人誌「イリプスⅢrd」01号に掲載された、二〇一八年度の現代詩人賞に関する野沢啓氏の文章は、選考が公正に行われなかったという趣旨のもので、当時の詩集賞担当理事だった私にとって、承服しがたいものでした。
 野沢氏は、第二次選考会の最初の会長挨拶の中で、その時の日本現代詩人会会長だった新藤凉子氏が「(野沢氏の推薦した八重洋一郎氏の)『日毒』だけは絶対に受賞対象とすべきでない」と発言し、さらに「それは現代詩人賞の賞金の財源を管理している者の意向だ」と言ったと書いています。これを読んだとき私は非常に驚きました。新藤会長は会長挨拶でそのようなことは全く言っておられないからです。私も続いて挨拶に立ちましたので、これは確かです。
 私は確認のため、現代詩人賞の選考委員長だった野沢氏以外の、六人の選考委員の方々にメールや電話で問い合わせてみましたが、そのような会長挨拶を聞いたという人は一人もいませんでした。さらに、選考委員会は公正に行われたと思うかという質問に、全員が、公正に行われたと明言されました。
 新藤会長が会長挨拶でそのような理不尽な発言をするのは考えられないことですし、もし仮にそういう発言があったとしたら、傍にいた秋亜綺羅理事長や私が止めようともせず黙認することはあり得ないことです。また、それぞれ詩に対して独自の考えを持つ選考委員の方々が、その発言の意を受けた選考をすることなども到底考えられないことです。野沢氏の主張は、どの方向から考えてもあり得ない筋書きの上に成り立っています。
 選考は、各選考委員の主体的な判断に基づき、真剣に討議され、最終的に投票で清水茂氏の『一面の静寂』が受賞、八重洋一郎氏の『日毒』が次点という結果を得たのです。野沢氏自身その時は、選考委員長として結果を認め、発表されたのではなかったのでしょうか。もし本当に不正が行われたと信じるのなら、なぜその時に少しも問題にされることがなかったのでしょう。
 野沢氏は「未来」や「イリプス」で「現代詩人賞の怪」「あるまじき横暴と独断」「おそるべき退廃」「恐るべき詩壇政治家の策謀」「非民主的な振る舞い」とおどろおどろしい言葉を連ねて選考が後ろ暗いものであったことを印象づけようとしていますが、どんな確かな裏付けがあっての言葉なのでしょうか。私が詩集賞担当理事を務めた二年間の中で、何らかの不正な動きを感じたことは一度もありませんでした。もちろん、当日の選考も、公明正大に進められたことは断言できると思っています。
 野沢氏が主張しておられることは、野沢氏の思い違いによるものか、意図的な捏造によるものかはわかりませんが、新藤凉子氏の名誉と、名前を書かれず「現代詩人賞の賞金の財源を管理している者」とだけ書かれている人の名誉を著しく傷つけるものであるばかりでなく、真摯に選考に当たった選考委員の方々や、受賞された清水茂氏に対して大変失礼なものだと思います。
                  (タテ組をヨコ組にさせていただきました=秋亜綺羅)





 以上が、中本道代の見解でした。
 さて、わたし(秋亜綺羅)から質問をさせてください。わたしは知らないことを知ったふりして物は書けません。わたしもいろいろと取材しましたが「そのお話と氏名を出してよろしいですか?」と訊いてNGだった場合は証拠になりませんので、わたしはその方のことはいっさい書きません。
 ただこうして野沢さんに質問する以上、野沢さんの記録はもちろん、記憶については、それをもとに話を進められると思います。ですから、わたし自身の記憶についても、野沢さんに議論の対象として認めていただきたいのです。
 野沢さんも「日録」を付けられているとのことですし、わたしも理事長の時の選考会の記録のメモ、理事長としてのメモは必ずダンボール箱から出てきます。
 ご回答はぜひ全文このブログに公開させてください。このブログの下の「コメント欄」では書きづらいでしょうから、わたしのメール(aa@akiakira.com)にお返しいただけるでしょうか?
 番号を付けて質問をいたしますので、番号で回答いただけるでしょうか。

① まず、2018年の選考委員の選出について野沢さんは「一説によれば、新藤会長はわたしの選考委員選定にも強く反対したということもあって、……高岡(修)はわざわざ鹿児島から呼びつけられわたしの『刺客』として起用されたらしい」と書いています。これ、野沢さん、まったくの嘘ですよ。誰から聞いたのですか? あの年は理事改選がありましたから、9月の第3木曜の理事会で会長も理事長も各担当理事もそこで決まったばかりでした。11月までには選考委員を決定しなければならず、10月の理事会で理事の一人が「選考委員の選出は会長と理事長に一任」と提案し、全員賛成で決まったのです。でも会則では、選考委員は理事会が決めることになっていますから、理事長になったわたしは、選考委員に推薦したい人をメールでくださいと、全理事に呼びかけたのです。それからは新藤会長との電話で「秋さんが決めなさいよ」と言われて、ほかの理事からいただいたメールをもとに、わたしが適切と思われる人に電話をして、内諾を一人ひとり得ていったのです。鹿児島の高岡修と、青森の高橋玖美子(H氏賞選考委員)は真っ先にわたしが決めました。あまり近くの人ばかりだと、選考委員同士が顔見知りだったりして、電話などであらかじめ候補詩集の話などされるのは好ましくない。もちろん、そんなことを疑う余地のない信頼できる人を選んでいるつもりですが、遠方の実力のある人を選ぶことで、選んだ側の意図も汲んでもらえるだろうと思ったからです。確かに黒岩隆も高岡修も歴程同人ではありましたが、ほとんど顔を知らない仲だろうと思ったからです。ところが、わたしは現代詩人賞の選考委員を、どうしても一人選びきれずに、新藤凉子に電話で相談をしたのです。そしたら「野沢啓がいいよ」と。わたしは「わたしも彼を尊敬しているけれど、彼は出版社を持っていますよ」と言ったのです。以前に、一色真理が自ら出版社をやっているという理由で選考委員を辞退したことを知っていたからです。そしたら新藤凉子は「そんなの関係ないじゃない。世間が広いってことじゃない。彼は博識よ」と言うので、野沢さんにお電話したのはわたしなのでした。野沢さんは新藤凉子に選ばれた、最後に決まった選考委員です。わたしからの電話、覚えていらっしゃいますか?
 ついでながら、例年だと2名ずつ理事を選考委員にしていたのですが、新藤会長が「理事が選考に関わっちゃダメよ」と主張し、2018年は1名ずつの理事。翌2019年はついに理事からの選考委員を0にしました。新藤会長はそのように「独立した自由な権限を持つ」選考委員会を守ろうとしてきました。
 ということで、いいことか悪いことか、新藤さんとわたし以外に、2018年の選考委員の候補へ電話した人はいないのですから、二人以外に実情を知る人はおりません。「新藤凉子が野沢さんの選出に反対していて、野沢さんの刺客に高岡修を」などと野沢さんに嘘をついたのは誰でしょうか? まさか野沢さんの憶測なんかじゃないですよね? 誰かを言えないのならば、この件はまず撤回をお願いします。

② 第1次選考会で野沢啓さんが選考委員長に選ばれた後『日毒』を推薦し、選考委員長の立場で『日毒』の長所を長々と力説する独壇場となりました。わたしはそこにオブザーバとして立ち会っていましたが(委員長はどちらかと言えば議長役であるべきで、そんなに自説を述べる必要があるのか? 選考委員各自の意見を聞くのならばともかく)と違和があったことを覚えています。議長として、ほかの2冊も同じくらいの時間をかけて討議なさるつもりはなかったのですか?

③ ①と②のどちらかがなければ『日毒』は最初から最後まで0票であり、俎上になることはありませんでした。第1次選考会の前の開票結果をわたしは家に持ち帰って再確認しましたが『日毒』は0票だったと思います。野沢さんも入れていなかったことになります。ただし、ボーダーラインの作品を中心に見ていたので、わたしの見逃しの可能性は否定しません。
 つまり、野沢さんが偶然に選考委員長になったことをいいことに、第1次選考会で全選考委員の頭に『日毒』を打ち付け、第2次選考会では半分以上の時間が、委員長によって『日毒』の是非にあてられました。そこまで強引な委員長のいる選考会を不思議にわたしは思いました。もちろん「独立した自由な権限を持つ」選考委員会にわたしが意見することはありませんでした。
 これだけ強引に『日毒』を持ち出したにもかかわらず、野沢さんのいう会長の不正な発言ひとつに負けてしまったというわけですか? 客観的に見れば、野沢さんの強引さこそが問題視されても不思議じゃない会でしたよ。どう思われますか?

④ 今回の「不正」と言われる「事件」について、選考委員長の責任はどう感じていますか? 野沢さんは、野沢さんに謝罪するしか解決しないと思いますが、どう思いますか? もちろん謝罪などされてはたまりません。野沢さんのいう「不正」も「事件」についても、野沢さん以外に誰も認めていないのですから。一人でいいですから、認める方を明言していただけませんか?

⑤ 野沢さんが会長の「不正な発言」を聞いたというのは、ほんとうに「会長挨拶」の時ですか? 中本道代の上記の文章のように、中本も全員に尋ねていますが誰も聞いていません。わたしも聞いていません。すくなくとも、中本道代もわたしも聞いていたとしたら、大騒動になっていたはずです。まして、野沢さんの反論など誰も聞いているはずもありません。全員嘘つきだと思われますか?

⑥ もし会長の「不正発言」が本当にあったとしたら「あなた(新藤会長)に選考会の部屋に入ることを禁じます」と委員長が言うのは、委員長の当然の仕事ではないですか? でも2次選考会に新藤会長はずっといましたよ。わたしもその隣に記録として座っていました。どうして新藤凉子の在室を許したのですか?

⑦ 高岡修が選考委員会で言ったとされる「言葉遊び」という表現だったか正確ではないですが、これはあきらかにホイジンガの文化論から来ているもので、遊びの無い政治言語は文化ではないという意味だとわたしは捉えました。つまり、選考委員たちは、その詩(遊び)こそを追求した結果、八重詩集の「手文庫」を評価したのではないですか? 「遊び」というのは野沢さんにとっては侮辱の言葉なのですか?

⑧ 野沢委員長ともあろう人が、選考結果を3票対4票で『日毒』は敗れた。と書いていますが、間違いです。確かに次点ですが、『日毒』1票、『風の痕跡』1票、『夜明けをぜんぶ知っているよ』1票で、3詩集が同票の次点です。『一面の静寂』が4票で過半数でした。そんな間違いだらけで大丈夫ですか? もちろん『日毒』の1票は野沢さんでしょう。ほかには誰も、最後の1票を入れなかったのです。間違いを認めますか?

⑨ 選考委員会は日本現代詩人会から「独立した自由な権限を持つ」会ではありますが、それと同時に、各選考委員は選考委員長の下にいる立場でもありません。選考委員は自分の力を出し切って選考に臨んでくれています。委員長の推す詩集を認めるのが選考委員の仕事ではありません。
 しかも、まるで基金の言いなりになった選考委員たちという構図を主張するのは撤回していただきたく思います。
 確かにこの世界にも票をお金で買おうとする人がいないとは言いませんが、どんな誘いにも圧力にも屈しない人を、選考委員としてわたしはお願いしたつもりです。選考委員長が会長に、結果的には基金に屈したとおっしゃるのならば、残念で仕方がありません。野沢さんが述べたい結論は、そういうことですか?

⑩ 野沢さんは、全選考委員の批評に異を唱えています。委員長が、ご自分の意に反する委員たちの批評を片っ端から否定しています。こんな行為は、不正なんていう法律でもなく、モラルでもなく、独裁的発想の不条理というものです。
 しかもその論理もひどく幼稚だと、わたしには思われます。
 たとえば「なお、ひとりだけ黒岩隆には(『日毒』への)言及がなかった。この詩人はのちに日本現代詩人会の会長を一期つとめたひとであるが、この意図的な無視」と野沢さんは書いています。この「現代詩2018」に収められた「選評」は一人の選考委員に1ページしか与えられていません。候補詩集は全部で11冊ありました。ですから、自分が気になったいくつかの詩集しか、取り上げるスペースがないのです。ちなみに野沢さんご自身の「選評」で取りあげられているのは、全体の4分の3は『日毒』について、ほかには5詩集について一言ずつ書かれています。合計6詩集。残りの取りあげられることがなかった5詩集に対して、野沢さんはどんな意図的な無視をされたのですか?

⑪ 新藤凉子の「不正発言」とされるあと「ある筋からのお達し」がその理由だと言ったとありますが、あれほど奔放な新藤凉子がですよ、相手が基金だろうと、天皇だろうと、誰かの指示に従うとは考えにくいです。少なくとも誰かの命令だから従う、みたいなことを口で言える人ではないと考えています。しかもそれだけの、野沢さんとのやりとりがあったのなら、2、3分の時間ではすみませんよね。みんなひとり残らず聞いているのは、確実なはずです。中本道代もわたしも、野沢さんと一緒になって強く抗議をしたことでしょう。そして「今の会長の発言は取り消します」とみなさんに伝えたでしょう。あの部屋にいた20名弱の人たちはみんな嘘つきだと言うわけですか? ついでに言えば、野沢さんは書いていますけれど、あの日「自己紹介」は無かったですよ。
 不確かな記憶や憶測を活字にするのはやめにしませんか?
 
⑫ その「ある筋」の話に行きたいと思います。野沢さんの文章によれば「さらに追及したところそれは現代詩人賞の賞金の財源を管理している者だという」とあります。「『現代詩人賞の賞金の財源を管理している者』とは桃谷容子資金というかなり大きな財源を自由裁量できる立場に立つ詩人」とも野沢さんは書いています。印刷屋さんのただの誤植だとは思いますが「資金」ではなく「基金」ですからね。
 でも、この誤植はとても大事なところなのです。「資金」ならば自由に裁量できる人の存在は可能です。だけど「基金」というのは国(文科省)の認可によって、お金そのものが「人」とみなされます。会社を「法人」という「人」とみなすのと同じです。「財団法人」に近いものです。定期的に運営委員会を開く義務があります。
 正確には「桃谷容子記念基金」といいます。実際にはすでに「公益信託現代詩人賞澤野起美子基金」に増資・合併されています。しかし日本現代詩人会では、現代詩人賞授賞の表彰状に「桃谷容子記念基金」の名を刻み、礼を尽くしています。
 その「公益信託現代詩人賞澤野起美子基金」と、H氏賞の賞金などを提供していただく「公益信託平澤貞二郎記念基金」の二つの公益信託基金の代表は郷原宏。運営委員には、以倉紘平、一色真理、中島悦子、平澤輝雄、山田隆昭がなっています。
 野沢さんの文章から解くと「大きな財源を自由裁量できる立場に立つ詩人」とは以倉紘平のことだと思われますが、違いますか? 名前を出さないのは名誉棄損の罪に当たると思うからですか? それとも、6名全員を疑っているのですか? 野沢さんが名前を出さないばかりに、世間からは日本現代詩人会の詩集賞の財源が疑われることになるのです。そうした意図と自覚はありますか?
 確かに「澤野起美子基金」の事務所は、運営委員長である以倉紘平方になっています。しかし基金のすべては、三菱UFJ信託銀行に預けられ、その銀行の高島茂氏が目的に合致していて適切か、否かを判断し、実際にはお金を動かします。実務的な処理も高島氏が実行してくれているものと認識しています。運営委員個人が自由に裁量できる余地はありません。
 毎年3月に、運営委員会は開かれているようです。そこで「事業計画」「収支予算」「事業報告」「処務概要報告」「決算報告」「収支決算」「財産目録」「信託元本増減表」が承認され、文部科学大臣あてに提出していると認識しています。届け出た目的以外に使おうとしても、高島氏のチェックを受けることになるでしょう。
 ことしの詩集賞選考も、3月の基金運営委員会も、疑惑の中のまま進んで行くのは気持ち悪いじゃないですか。この問題の真実をはっきりさせておきたいのです。野沢さんのこれらの情報源はどこなのか? あるいは誰なのか? 野沢さんが会長挨拶で新藤凉子が不正な発言をしたというのは野沢さん自身の耳で聞いて、ご自身の口で異を唱えたということですから、「野沢さんはこう言っている」という事実として受け止めます。ほかの主張については「~だそうだ」とか「一説によれば」とか、野沢さんほどの論客が書いてはとても恥ずかしいですよ。わたしが知っている部分に限っていえば、すべて偽りです。もう一度調べ直してはいただけませんか?

⑬ わたしは、新藤凉子が『日毒』をよく思っていなかったことも、以倉紘平がそうであったことも知っています。詩人が詩論や詩人評をするのは自由ですから、近しい人にあの詩集いいから読んでみて、と言うのは自由だし、いいことです。批判するのも自由です。もちろん、それが選考委員会の「会長挨拶」であればレッドカードです。「『日毒』はいい詩集ですね」と言ったとしても同罪です。
 それにしても、新藤凉子が当時日本現代詩人会会長だった立場を考えれば、近しい人に言うことも慎んでおくべきだったと、わたしは思います。近しい人だと思って言ったのに、実は遠かった人がいたのでしょう。しかし、新藤と以倉の二人が偶然『日毒』を好まなかったからと言って、日本現代詩人会と基金との癒着として結びつける文章を活字にするほどの価値は、どこにあるのでしょうか?

⑭ それから、どうしても知っておきたいのですが、野沢さんが「新藤会長は自分が属する歴程の会で、そのメンバーのなかから日本現代詩人会の会長をつねに輩出しなければならないという発言を繰り返していたという話も会員から聞いている」と書いていますが、どなたからお聞きになりましたか? わたしは、新藤凉子が会長でわたしが理事長、それが終わっても歴程のあらゆる仕事を一緒にしてきました。でも、わたしは日本現代詩人会の行事の中で「歴程」という言葉を新藤から一度も聞いたことはないし、歴程の行事の中で「日本現代詩人会」という言葉をひとつも聞いたことがありません。「理事から選考委員を出さない」という件もそうですし、新藤凉子はそういうケジメだけは誰よりもしっかりしていたと思うからです。新藤凉子は誰の言うことも聞かない奔放でしたが、新藤凉子には確実な信念と覚悟がありました。だからこそ、わたしは新藤凉子と楽しく仕事ができたのだと思っています。ですから、事実を知りたいのです。

⑮ 今回このことで取材を重ねていくうちに、「不正発言」について「確かに新藤さんは言った」と言う人が複数人いました。でもその人たちは全員、当日選考会場には来ていない人たちばかりなのです。中本道代の記録にもわたしの当時のメモにもない人ばかりです。そのことをただすと、最後には「新藤さんなら言いそうだと思った。(自分の)名前は出さないでほしい」に変わってしまうのでした。野沢さんもいろいろな方に取材されて書いたのでしょうから、もう一度確認をしてはいただけないでしょうか?

⑯ 最後に、わたしの意見を書かせてください。
 2012年に刊行されたとされる八重洋一郎の詩論の一部を、野沢さんは抜粋しています。

    詩は表現されたという事実以外にはいかなる客観
   性もいかなる確実性も持つことはできない。しかし
   この無根拠性、真偽不決定性、不確実性こそが詩の
   自由を保証し、その自由にこそ詩の純粋性がひそん
   でいるのだ。自由とはいかなる決定からも逃れてい
   ることであり、純粋とは書くことの徹底的な責任感
   覚のことだ。つまり詩は言葉の自動的自己完結性
   よって書かれることは一切なく、すべては詩人の意
   志と言語感覚のみに負っているのだ。言葉はでたら
   めな材料である。そのでたらめさ、不完全さ、思い
   がけなさ等々を極度に意識化、利用して何かを表現
   しようとする。表現しようとするから表現があり、
   そうでなければ表現はない。

 この八重洋一郎の詩論にはまったく共鳴します。わたしも詩というものをこのように考えています。「詩」は「小説」と書き換えても成立すると思います。「自由」はこの場合「解放」に近い「自由」であって「自由主義」の「自由」ではないと思います。その表現のスケールの壮大さにこそ意味があるのだと思います。
 この詩論に反対する詩人はあまりいないだろうと思います。だからこそ「手文庫」が評価されたのだと思います。「手文庫」以外の詩の言葉は、「でたらめ」「不完全」になりきっていないと、判断されたのだと思います。
 そこを、野沢さんはスケールを読み間違えているとわたしは考えます。つまり、野沢さんは『日毒』のノンフィクション性を力として評価しているからです。詩や小説でない、ノンフィクションには検証と証明、他人による校閲が必要です。『日毒』にはそれがありません。それはそうです。八重が目指すものは詩なのですから。
 ノンフィクションに自由はありません。事実という力だけです。でたらめも不完全もありません。ノンフィクションには、想像力で命題を作ったとしても証明できなければ、想像そのものを書く自由はありません。
 ですから野沢さんは「八重洋一郎の詩を読むことは沖縄の実情を読むことであり、<日本>の実態を知る」と書いていますが、八重にはいい迷惑だと思います。数学者でもあるという八重洋一郎が、実情と実態を訴えるための手段として、詩を選ぶわけがありません。
 わたしは八重の熱心な読者ではないので、お門違いな意見なのだろうことは承知しています。しかしノンフィクション性を評価すればするほど、八重洋一郎の詩は前に進めなくなるような気がするのです。八重がここまで詩に対する決意をしているわけですから、ノンフィクションへの道を行くよりも、このまま詩人の才能を生かした執筆活動を期待するのは、わたしだけではないと思います。
                             (秋亜綺羅)

秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅