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ここは一発! 今日の教訓②  ※ココア共和国・家庭班

今日の教訓
03 /31 2009

   
水入り、うっちゃり、ものいい、取りなおし、また水入り

──大相撲も終わったばっかりです…。つい力が入ってしまう、うれしいような、悲しい物語です。それにしても、
   なんの教訓でしょうね。

キム・ジョンイルおじさん、火星をめざす  ※ココア共和国

ココア共和国
03 /27 2009

 おはやうございます。ここはココア放送局です。聞こえますか。あなたの脳髄とわたしの脳髄が、透明な糸でつながっています。見えない糸電話放送でお送りしています。聞こえますか。
 それでは本日はこどもニュース「北朝鮮、果てしない宇宙への旅」です。


キム・ジョンイルおじさん、火星をめざす
               ※ココア放送局こどもニュース

 北朝鮮さんは、人工衛星を打ち上げるなどと発表していますが、実は火星ロケットであることがわかりました。それなのに、J国を飛び越えて太平洋に落ちるかもしれない、などと謙そんしている。いかにもキム・ジョンイルおじさんらしい、ですよ、ね。
 拉致にしたって、そんな大それたこと~、みたいな。
 核開発にしたって、やめてもいいけどお年玉ちょうだい、みたいな。
 やんちゃ、ですよ、ね。おじさんは。
 だけど、拉致どころか、自分の国民全員を人質にしているところが偉大です。こいつらを餓死させたくなかったら、金を出せ~、みたいな。
 よくいますよね、自分の家族を人質にして立てこもるやつ、おちゃめですね。
 それにしても国連はじめ世界の国々は冷たいものです。人工衛星だっ! とこんなにおじさんがいっているのに、え? なにそれ。うそじゃん、ミサイルじゃん。撃ち落とせ~などという国もあるそうです。これって、いじめですよね。キム・ジョンイルおじさんをオオカミ少年だ、といっているわけです。だったら、国交回復だの、平和条約だの、6か国協議だのと騒いでいる国の偉い人たちはみんなで、こまったオオカミおじさんの遊び相手をして暇をつぶしてるだけ、ということになります。
 人工衛星、やってみなきゃ、わからないじゃん。やってみることが大事なんだよ。まちがって火星に行っちゃうかもしれないしィ。ジョンイルおじさんたら、火星に行きたくて、きつい訓練してやせたらしいよ。

 というわけで、火星に降り立ったジョンイルおじさん、火星の市民たちに囲まれて大人気です。
――ねえ、ねえ、ねえ。あんたインベーダーでしょ!? さっきのロケットで地球から来たんでしょ。
――はあ?
――さっき、飛んでるとこ見せてもらったけど、カッコよかったわあ。すごく良いメカでしょうね。
――いやあ、ぼくは……。
――どうして、そんなにあたしたちに隠そうとするの? ねえ、おかしいわよねえ。
――いやあ、そういわれても。
――あ、わかった。あんた、遠慮してんでしょ?「地球人も宇宙人になれる」なんてんで、いきなりやって来たから。
――あ、いえ。遠慮してるなんてことはないですよ。
――そうだよねえ、遠慮なんかすることないですよ。しっかし、あんたのロケット、いいねえ。
――あ、そうですか? エへへへへへ。
――あんたさあ、実は火星を征服しに来たんでしょ? ね、そうでしょ!
――大丈夫! あたしたち、誰にもいわないから。喜び組もつくってあげるよ。
――あのロケットは流星号だな!? 時間の波を越えてやって来たんだ! 火星をブッこわす使命を帯びて!
――あんた、なにしてんの? はやく、自分の任務を果たしなさい。こんなノンビリしてたら、時間切れよ!
――わざわざ、火星くんだりまで来て、犬一匹殺さずにムザムザ帰るのかよ! あんたには期限ってものがあるんだぜ。どうせ使命帯びての殺人だ。せっぱつまってんだ。バラバラ殺れよ!
――流星号、応答せよ! 流星号、応答せよ!
――あんたがいうんだよ、そら! いそげ! いそげ! いそげ!
――流星号、応答せよ。
――応答したか?
――流星号、応答せよ。流星号、応答せよ。
――応答したか?
――流星号、応答せよ! 流星号、応答せよ! 流星号、応答せよ!!
――ロケットは蛸壺公園に置いてあるんだな!? よし、これからそこに行こう! あんたはインベーダーだ。なんだって簡単にやっちまえるさ!
――流星号、応答せよ! 流星号、応答せよ! 流星号、応答せよ! 流星号、応答せよ!

 きりがないので、本日のニュースはこれで終わります。打ち上がるかどうかもわからない今度の“人工衛星”ですが、名まえは流星号になっちゃいました、ね。オオカミ放送局でした。
 ではまた。

ここは一発! 今日の教訓①   ※ココア共和国・家庭班

今日の教訓
03 /27 2009

   
火災は人災、火を消しすぎると水害

──わがココア共和国に代々語り継がれてきた大切な言霊を、シリーズでお送りする新コーナーです。手抜
  き、息抜きのためのコーナーではありませぬ。たぶん。
   近くに火が出ると、消防車の水のすごさは普通じゃありません。ありがたいことです。だいたいやられるの
  が、パソコンを筆頭とする電化製品です。それと日記やノートなどもふにゃふにゃふやけます。

百行書きたい ■ 秋亜綺羅  ※詩

03 /24 2009

 こんにちは。秋亜綺羅です。
 58歳、初老のわたしに通年“ファンレター”が来ます。角川文庫の「書を捨てよ、町へ出よう」(寺山修司)に、高校時代に書いたわたしの詩を、寺山が紹介しているからです。夏休みが終わりかけた頃に特にそれは多くなる。夏休みの課題図書にする先生がいるためだと思います。わたしを、高校生の友だちとしか思っていないような手紙も多い。わたしの詩のタイトルは「百行書きたい」なのだけれど、「わたしも百行書きたい。一緒に書こう」といった感じだったりします。
 ネット上でも「百行書こう」というのが流行っているらしく、「2ちゃんねる」でもやってるよ、と聞いたことがあります。あちこちでいろんな「百行書きたい」があるらしいのですが、今日は、わたしが40年前18歳の時に書いた、いわば「正調・百行書きたい」を読んでもらいたいと思います。


百行書きたい ■ 秋亜綺羅

「シャボン玉ホリディ」を見たい
純喫茶「基地」でレモンティー飲みたい
郷愁を描いてみたい
“失われた喪失”の意味が知りたい
着飾った新宿女のマスク汚したい
接吻のあとに“ゴヲゴヲ踊ろうか”とささやきたい
女性(おとな)ぶる売春少女の涙をふきたい
田舎で一万円を拾いたい
母さんのエプロンで鼻汁かみたい
結局寒さを忘れることを嫌いたい
直角正三角形を夢見たい
どいつもイタリーも知りたい
コークとペプシをチャンポンしたい
埃(ほこり)より小さな星を食べたい
トイレに行きたい
“セ”したい
河原を捨てたい
こんどは誰の番か知りたい
返事をもらいたい
切られたい
シッカロールをなめたい
東京へ行きたい
中江俊夫の「語彙集」を持ちたい
詩は辞典なしで書きたい
走りながら死んでいたい
伊勢丹で愛犬キリーを呼び出したい
ユキに“処女をあげたい”といわせたい
手鏡を焼きたい
待ちたい
百行書きたい
相槌(づち)を打ちたい
黒い雨を氷菓子にして売りたい
昨日と明日を+(た)して2で÷(わ)りたい
もうそろそろ生まれたい
北の海辺で震えたい
プロポーズなんてよしたい
右翼になりたい
十年先を想い出したい
水平線で凍死したい
危険な食品を食べたい
刃渡り二十一世紀の果物ナイフを信じたい
千賀かほるの唾液にとろけたい
別れたい
溺死寸前には死に水を飲みたい
戦争ごっこしたい
ユキと■交したい
ちょっぴり泣きたい
足裏を掻(か)きたい
誕生日の歌を書いて五十万円もらいたい
そしたらパチンコ屋を始めたい
コカコーラは玉十個でよいことにしたい
先生! おしっこしたい
小指を見ていたい
戦慄(ぶるぶる)したい
もうやめたい
穴があったら出てみたい
早くハタチになって選挙したい
初夢には止まった時計を見たい
二百年後に(寺山修司は死ぬそうだから)処女詩集を出したい
ペンネームは秋葉俊裕としたい
ボサノバをかじりながらレモンを聞きたい
これは盗作だと非難されたい
シュークリームで絵を描きたい
“まだ白紙です”とキザりたい
何行まで書いたか数えたい
ドーナッツ型アドバルーンに色を塗りたい
腕時計はSEIKOを薦めたい
渋谷ブルースを作曲したい
日記には日記らしいことを残したい
でも順列・組合せは勉強したい
ベクトルは忘れたい
ファイティング原田を昼寝させたい
女産業スパイを脱がせたい
死んでも死んでも糞たれたい
ユキと絶交したい
そのあとTELしたい
なんてロマンティックな十八歳は終わりたい
顔を洗いたい
恋する男に歴史は暦より狭いことを耳打ちしたい
少年マガジンだから立読みしたい
天井桟敷館(ちかそうこ)に象にのって行きたい
けど文明には感謝したい
アポロが帰れなくなるのを見物(みとどけ)たい
死に装束を着たい
「さよならの総括」を歌いたい
隠したい
活字を裏返したい
感電死したい
新聞読みたい
石田学くんに会いたい
徴兵カードを焼き捨てたい
寺山修司に革手袋を贈りたい
新高恵子に貝の歌を捧げたい
エレベータで天まで行きたい
そのときはユキを連れて行きたい
意味のない暗号など書いてみたい
幽霊くんに“死人に口なし”といわせたい
どうも足の先が冷たい
──透明扉を閉めたい

首相より原監督が失言!  ※ココア共和国

ココア共和国
03 /21 2009

 おはやうございます。ここはココア放送局です。聞こえますか。あなたの脳髄とわたしの脳髄が、透明な糸でつながっています。見えない糸電話放送でお送りしています。聞こえますか。
 それでは本日は「失言」に関するトピックスです。


首相の失言を弁護する?!  ※ココア放送局ニュース

 J国の首相が有識者会合で株式関係者に「株屋は田舎では信用されていない」とコメントしたことが、失言だとして話題になっています。しかしココア共和国では、これを失言ととらえている人は少ないようです。
 J国首相は自分の考えをまともに表明しただけだ、というのがココア共和国での一般的な評価です。ただ時代感覚が古いというか、KYというか…。地方の人で株をやっていて馬鹿にされる人はいまどきいないでしょう。まさかJ国首相は、田舎では都会より自民党支持者が多いなどと、いまでも思っているのかもしれません。ハローワークで仕事を探す若者に「自分のめざす、やりたい仕事を探せよ」と言ったりする。それができないからハローワークに来てるんでしょ。派遣ぎりなどでこんな状態にしちゃったんでしょ、誰かさんが…。「さもしい」発言の定額給付金についても、最初から「景気刺激策」であるはずなのに「低所得者救済策」だと、J国首相はどうも勘違いしていたふしがあります。昨年10月頃には「世界中が不景気なのにJ国だけは平気でしょ、みなさん」などとJ国首相は言っていましたが、統計が出てみると10月はJ国が世界で群を抜いていちばん落ち込んでいたのでした。
 さておき今回の失言問題は、放送用語に関していえば「株屋」と「田舎」の2つの表現かと思われます。「田舎」はJ国では差別用語とされますが、ココア共和国では美しい言葉です。また「株屋」については「この会合は信用されない株屋と、馬鹿にされてる政治屋の会議だよ」とJ国首相は言っているのに等しいわけであり、妥当です。


原監督の失言は重大だ!  ※ココア放送局ニュース

 話題は変わりますが、J国WBCの原監督の発言には驚かされました。記者会見の席でだと思われますが「わたしたちはみんな大リーグを夢見て野球をやっている。そんなアメリカと対戦できるのは最高です」というような内容でした。アメリカでのインタビューなので、リップ・サービスであることは理解できるのですが、「日本のプロ野球選手は全員大リーグに行きたがっています」としか聞こえませんでした。
 J国国民のプライドは大丈夫でしょうか。他人事ですが…。
 しかしあの、WBCだか、韓国・キューバ・日本三国対抗野球大会だかよくわかりませんが、勝った負けたで一喜一憂するのも、ココア共和国の人には理解できないひとつです。強いほうが勝つ、どちらが強いか決定しよう、というのならばともかく、2度戦えば1勝1敗だったりするわけですから、どちらでもいいわけです。プロのスポーツを観るということは、人間わざとは思えない技術とスピード、駆け引きなどを楽しみたいのです。
 大晦日のNHK紅白歌合戦では、J国で最高の歌手が最高の場所で歌います。その最高の歌を楽しみたいのです。赤が勝ったか、白が勝ったか、ましてや歴代何勝何敗かなどを話題にする人がいたら、ひいちゃいますよ、ね。
 では、また。 

公定労働時間を制定  ※ココア共和国大統領声明

ココア共和国
03 /18 2009

※ココア共和国大統領声明

 ココア共和国国民のみなさん、ご協力たいへんありがとう。おかげですべてはうまくいっています。
 昨年後半より世界の人たちは、自動車も買わず、家も建てず、電気も石油もできる限り倹約するようになりました。世界の経済活動は約30%減速しているものと、わが国経済分析省では計算しています。このまま頑張っていけば、地球温暖化から地球上の生命が救われる見通しが、2年以内に数字として見えてくる、と生命地球省は発表しました。
 思えばたいへんな荒療治でした。みなさんに「ごみを減らせ」とか「入浴は週に2回にしよう」などと呼びかけても効果は期待できませんでした。そこで今回アメリカ合衆国を起点とする、世界の経済サイクルの破壊を試みたわけです。みなさんには迷惑をかけています。しかし、ここからが重要です。みなさんもいっしょに戦ってほしい!
 なにと戦うのか? それは、消費拡大が経済危機を救うなどといまだ信じている世界の政府、経済学者たちと、です。もう世界は元に戻らなくていいんです。
 地球の血糖値はだいぶ下がってきました。それでも理想の数値にはまだほど遠いのです。この機会を逃したら、地球温暖化阻止は絶望的になります。
 問題なのは、現在の地球の血糖値低下は、賃金カットされた人たちや、失業に追い込まれた人たち、ホームレス、ネットカフェ難民の人たちによる、血と涙の貢献がほとんどだ、ということです。だがその人たちに、ただ元の場所に戻ってもらうことになるのならば、明日からまた「温暖化から地球を救え」などと偽善を叫ぶしかなくなるのです。


公定労働時間導入

 わがココア共和国では、「公定労働時間」制度を実施します。これは、「公定歩合」のように、公務員の1日の労働時間を上下させることで景気のコントロールを試みようというものです。公定歩合よりも数十倍有効な手段になると考えています。
 国家公務員の労働時間を大統領が随時決定する、というものです。その時の景気を判断しながら公務員の労働時間、それに伴う賃金の変更がなされます。それは1分単位で変更されます。
 誰が8時間と決めたのか。J国などでは、労働時間8時間という正社員のイス取りゲームばかりに夢中です。イスとりゲームというのは、どんどんイスの数が減っていくのです。
 誰が8時間と決めたのか。必要以上に地球人全員が労働したら、地球は沸騰しちゃうではないですか。満員バスで全員が同時にタバコを吸っているようなものです。それが地球温暖化の最大の原因だと、どうして気づかないのでしょう。
 ちなみに現在は国民ひとり5時間22分ほどの労働時間が適切だ、と信頼できるわが国の統計経済学者は言っています。国にとって必要な全労働を割り出し、一人あたりに換算します。失業率が0%になるように、です。それを公務員の労働時間とします。民間の企業も公定労働時間に近づくようになります。経済が悪く失業率が高ければ、公定労働時間は短くなります。それによる人手不足は新しい雇用を生みます。またやりきれずにはみ出す仕事の外注化を促進し、民間の仕事を増やすことになります。
 たとえば、スーパーやコンビニのレジ袋を廃止しようというのは、環境の観点から悪いことではありません。だが、国全体でレジ袋がなくなれば、それを作っていた工場の所得が何10億円減少するのか、何100人の失業者が出る可能性があるのか。それは公定労働時間の何分ぶんにあたるのか。それを計算し、実行するのが、政治であり、また公務員自らの仕事でもあります。
 もちろん計算値だけでうまくいくはずもないので、実行と検証を重ね、修正を重ね、調節しつづけます。政治の基本は、理論と臨床にあります。
 失業率を限りなく0%に近づけることができるかどうかは、政府の手腕ひとつです。


国家公務員の賃金は国民の平均を超えないこと

 わがココア共和国の国家公務員の賃金は、全国民の平均賃金を超えることはできない、こととします。「全国民」というのは、生活保護を受けている人も、失業者なども含みます。その平均を超えることはできません。
 J国の場合は公務員の賃金は上場企業の平均賃金に近づくように人事院が勧告するそうです。それでは、よい国家はできません。企業がもうかれば公務員の賃金も増えるという図式は、貧しい人を増やすだけの、間違った資本主義だと思われます。
 わがココア共和国の国家公務員はストライキをするのも許可されています。しかし自分の賃金を上げたければ、国民の所得を上げなければならないのです。失業者をなくし、国民全員がいっしょに豊かになる以外にないのです。そのために公務員は存在するのですから。
 地方公務員は国家公務員より賃金が高いのは自由です。が、その自治体が赤字決算でありながら、公務員の賃金が国家公務員の賃金を超える場合は、その自治体の長の全責任です。税金の不正支出として告訴されます。

 とりあえず、緊急の大統領声明でした。近く、税金に関してのコメントを出したいと考えています。 
 それではみなさん、さようなら。

遠泳序章 ■ 秋亜綺羅  ※詩

03 /15 2009

 こんにちは。秋亜綺羅です。前回は40年も前の高校時代に書いた詩を読んでもらいました。今回はわりと最近のものです。40年ぶんの成長はあるでしょうか。昔のほうがずっとよかった、と言われそうです…。
 今回の「遠泳序章」は、いま「遠泳」という800行ばかりの詩を書いていて、その最初の部分です。長篇叙事詩にしようといささか張り切って書き始めたのですが、どうにも叙情っぽい。「叙事詩を書くまで死ねない」と、わたしはずっと叫んできたので、きっと長生きするんでしょう、秋亜綺羅くん。


遠泳序章 ■ 秋亜綺羅

四畳半の青空から空想力で身投げした、
キッス。
机の上の銀河から葬った、
くちびる。
生まれつき片耳の白うさぎと片耳がとれた白うさぎと、
愛。
逆立ちを覚えたてのおきあがりこぼしと、水平線に溺れる幻燈機の影と、
波。
誰にも気づかれない酔いかたをして全部脱いでみる、
船室。
窓の外を水泳しているのは郵便夫か電話交換嬢かチリ紙交換屋か、
朝。
わたしか、
音。
数をかぞえながら歌をうたう、ひとおつ、ふたつ。
譲り合って、軽く泳いで、やりきれない気もして、海を走る風に憑依される。
そんな生活に飽きたころになると必ず誰かが生まれて誰かが死ぬのだ。
── 一九五一年一月二十三日。東北大学付属病院産科分娩室でわたしは誕生し
 ていない、
── 一九七五年十二月三日。東京都東村山市本町五丁目三番地三でわたしの恋
 人は自殺していない、
未遂。
花電車のよぎる夜中。クレヨン一本落とした、わたしの紫の、
花まぼろし、花うつろ、花しずく、花づくし、花あわれ、
揺れる。意識の中で、気づき、
黙って風の粒子は粗くなってくる、サイレントフィルムの空回り、
ひとりにしか感じないものなんてなく。たぶんここでは。
傾いている船底みたいだ、ベランダ。
遊ばれているんだよ、記憶よ。
呼ぶ、恋人の音楽。大気に突き刺さる。失速する時間、
横顔の、知らんぷりの。遮断機のむこうで恋人は幼くなっていく、
視野はとても狭い。
わたしの立ち小便に妹の匂いがすると、幻覚に変わる。
目がさめれば、
若くもなくて。

さもしい日本人  ※ココア共和国

ココア共和国
03 /14 2009

 おはやうございます。ここはココア放送局です。聞こえますか。あなたの脳髄とわたしの脳髄が、透明な糸でつながっています。見えない糸電話放送でお送りしています。聞こえますか。
 糸は絡まっていませんか。長すぎませんか。雑音がすこし気になります。原因はわたしの脳髄でしょうか。あなたのでしょうか。それとも、他国から来る妨害の糸のせいかもしれない。
 それでは放送を始めます。


さもしい日本人 ※ココア放送局ニュース

 J国では定額給付金(12,000円-20,000円)を国民全員に支給することになりました。これは、連立与党のK党の提案する「定額減税」の代わりになるもので、定額給付金というより定額還付金というべきものです。税金の還付にしては少なすぎないか、という声がJ国の国民より出てこないのも不思議です。
 さておき、J国の首相はテレビ局の取材で、「あなた方みたいに放送局から高い給料をもらってる人たちが定額給付金12,000円をもらうの? さもしいんじゃないの?」と言ったそうです。金持ちにとってははした金の12,000円を、貧しい人たちの救済に使おう、というのがJ国政府の意図なのでしょうか。いまだJ国では、貧しい国民にお金をめぐんでやるのが良い政治だと思っているのでしょうか。
 しかし、その首相もついに12,000円をもらうことになり、みずからさもしい首相の道を選んだようです。とにかくここ数カ月で、数え切れないほどのさもしい日本人が誕生することになりました。
 わがココア共和国では、どんな金持ちにとっても12,000円は大金です。金持ちだろうとなかろうと、10,000円の積み重ねが大きなお金になることを知っています。たとえ今余裕があって、12,000円を遊びに来た孫にあげることになったとしても、孫が喜ぶ顔はそれ以上の価値になるだろうことを、知っています。
 お金を粗末にする人はJ国首相に限らずどこにでもいるとは思います。心が貧しいのかもしれません。そんなおとなの価値観がこどもに伝染することだけは、わが国としてはぜったいに阻止しなければなりません。鳥インフルエンザは発見されれば、周辺数十キロの鳥が殺されます。おとなたちをそんなふうに抹殺するわけにもいかないので、わがココア共和国ではおとなの義務教育を思案中です。
 ちなみに、わがココア共和国の定額給付金を紹介します。定額給付金の目的は最初からお金をまわすこと以外にありません。そこで、小切手式の給付金にしました。
 ラグビーのボールのようなデザインと、楕円形をしています。裏には署名欄があり、次から次へと渡った先が記名されます。八百屋さんから、床屋さんへ。レストランへ、肉屋さんへ、ぱちんこ店へ、学習塾へ、温泉旅館へ…。それが15件めになるとそのひとは役所に行って新しいものと交換します。そのとき記念品が出ます。それは、近所の人たちといっしょに楽しめる品です。
 そうやって一人ひとりが、渡り歩く給付金を想像しながら、使用していきます。まるでラグビーのボールをチームメートにパスしていくように…。いつかスクラムを組む日がやってくるように…。
 では、また。

夕季へのラブレター ■ 秋亜綺羅  ※詩

03 /12 2009

 こんにちは。秋亜綺羅といいます。へんな名前ですよね。もちろんペンネームなのですが、なぜこんなペンネームなのかは、またのときに。
 寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」(角川文庫)の中に、「百行書きたい」という詩が載っています。わたしが高校生の時に書いた詩です。わたしはいま58歳ですので、40年も前のことになります。
 きょう、これから読んでもらおうと思っている詩は、その頃に書いたもののひとつです。
 昨年夏、宮城県の高校の演劇部の方たちに講義する機会がありました。寺山修司や東由多加の演劇を解説しながら、参加した高校生たち全員に自作詩を朗読してもらいました。先生も読め! ということになり、40年ぶりに17歳の高校生に戻り、顔をすこしく赤らめながら声にしました。


夕季へのラブレター ■ 秋亜綺羅

好きな女優を呪い殺したり
いっしょに死んであげたり
今とても泣きたいのに
海の水は涙ではありません

〈愛〉という言葉が気恥ずかしかったり
この世であんたが一番嫌いになったり
あんたを思いきり抱いたら
ぼくはみすぼらしい未来だったり
ただの堕胎児だったり

〈戦争へ行きたい〉と十七回書いてみたら
突然ぼくは詩人だったり
歩けない病人だったり

けれど
ぼくにはベトナムも愛国心もないけど
あんたとならいつだって戦死したいのですよ

自分の裸を愛撫するために
あんたの部屋には大きな鏡があるけど
ぼくは成人映画を観ながら
暗闇で手鏡を覗くのです

鏡の世界には
今まで出会った女のコ全員の住所録とか
有名になりたいといった欲望とか
大事にしまってあるあんたへのプロポーズとか
昨日の手紙のかっくいいP・Sとか
あんたに一度だけ口づけてもらった喉ぼとけとか
ぼくの宝物はみんな残らず映っちゃいます

嘘の裏返しが本当かどうかは知らないけど
嘘ばかり言ってるぼくは
今、あんたを、好きみたいです

ぼくの嘘に
(ここは砂漠なのだよ、といった類)
〈あら、今の言葉わりとおいしいわ〉
とあんたが笑って
ぼくはお代わりをあげたくて汗だくになっちゃうけど
言葉なんて平凡パンチにたくさんあるのです

ふたりで煙草を隠れのんでも
すぐ年月は過ぎちゃうみたいだし
抱いたくらいじゃよくわかんないけど
あんたは僕の体温なんかじゃ溶けやしないで
終電車の時刻になっても
タイムアウトだよ性欲くん
というわけでもなく
やっぱりぼくは辺見マリに未練があるのだし
辺見マリと庄司好子先生と
それからちょっぴりあんたしか
女のヒトなんて知らないけど
ひとつの出会いとは思い出をひとつ殺すから
街角で知らない女と視線が合わないように
十八の誕生日には
サングラスをください

かわいいものほど、おいしいぞ ■ 秋亜綺羅  ※エッセー

エッセー
03 /07 2009

かわいいものほど、おいしいぞ ■ 秋亜綺羅

 わたしは、じっちゃんっ子だった。じっちゃんは父方の祖父で、とうに亡くなっている。わたしが小学校低学年まで両親とも教師をしていたので、留守番とわたしのおもりが、じっちゃんの主なる仕事だった。わたしが小学校から帰ると、部屋のまんなかのちゃぶ台(食卓)で、じっちゃんは袋貼りをしていた。昔は魚屋でも八百屋でも、古新聞紙や古雑誌で作った袋を包装紙がわりに使っていたものだ。じっちゃんは古い書籍や雑誌をどこからともなくたくさんもらってきて、まずそれを全部読むのだ。小さかったわたしにとって、じっちゃんは世界で一番の読書家だった。読み終わると綴じている針金をはずし、余ったごはんで糊を作り、袋を貼りはじめるのだった。できあがった袋は近所のお店に持って行き、じっちゃんのすこしばかりの小遣い銭になるのだ。そのお金がわたしへの駄賃になり、またじっちゃんの好物の焼酎に変わるのだった。じっちゃんにとって焼酎は、少ない楽しみのなかで、もっとも贅沢なものだった。その焼酎の一升ビンは夕食直前に必ず押入れからとり出され、決まったガラスのコップにあけられて、一気にじっちゃんの喉を流れていく。それはほんとうに一瞬で、ひと息で飲み乾されるのだった。だがそれは一晩にコップ一杯だけで、じっちゃんが焼酎をおかわりするのを見たことはない。じっちゃんはわたしにとって世界で一番、酒の強い男だった。
 じっちゃんとの思い出のひとつに、スズメをつかまえて食べたことがある。近くのドブでドジョウをすくったり、庭にヘビが出たといってはとらえて料理したり、そんな時代だった。わたしの記憶ではじっちゃんは、焼酎をしみ込ませたコメを、庭に遊びに来たスズメたちに食べさせた。ヨロヨロと酔っ払って踊るスズメたちを、手でヒョイヒョイと捕まえたのだ。あとはおいしい焼き鳥、というわけだ。
 さてすこしく時が経ち、七〇年安保に負けた頃、わたしは東京に住む学生だった。すこしは詩人として有名で、大学にはほとんど行かず、戯曲を書いたり、詩の朗読会のために走ったりしていた。詩の仲間と激しく論争しては酒を飲み、お金はいつもなかった。パチンコでとったボブ・ディランと鯖の缶づめだけが主食だったり、タンポポの葉を天ぷらにして食べたりもした。おなかが減っていた。
 その時だった、思い出したのは! じっちゃんのスズメだ! スズメだ! 焼酎をさっそく手に入れてコメをそれにひたした。さあ、今夜のおかずは焼き鳥だ。焼酎にひたしたコメをさあベランダに蒔いたぞ! しばらくすると…、来た。スズメが…食べている、コメを! と、あ、焼き鳥が…、焼き鳥に変身するはずのスズメさんが、とても元気に飛び立って行ってしまった。なんてことだ。東京のスズメは焼酎にめっぽう強いな。強すぎる。
 そこで余った焼酎で反省会。じっちゃんとの思い出をもうすこし掘り下げてみよう。
 …じっちゃんはスズメをいつもかわいがっていたよな。毎日同じ時刻にコメをあげていた。そのコメはもちろん焼酎にひたされたものではない。スズメたちもすこしずつなついてきて、はじめは庭だったコメも、縁側に蒔かれるようになる。スズメたちはもう部屋にまで入って来るほどだった。そこまで一か月ヽヽヽほど経ったのだろうか。そこでとつぜん、じっちゃんは焼酎のコメをスズメたちに与えることになる。主人を信じ安心しきったスズメは酔いやすい、とでもいうのだろうか。スズメは、酔った。な~ぜぇ。
 あ! わたしは気づく。一か月! じっちゃんは無毒のヽヽヽコメをスズメたちに一か月ものあいだ与えつづけている。それと同じ一か月という時間だけ、台所の戸棚でコメは焼酎に漬けられていたのである。一か月ものあいだ焼酎にひたされつづけたコメは、すでに、スズメを踊らせるだけの魔力をもっていた。一か月、じっちゃんはスズメたちを愛しつづけ、別の場所に置かれたもうひとつのヽヽヽヽヽヽコメは完全にアルコールのカタマリとなっていった。じっちゃんは一か月かけて、スズメを料理していたのだった。
 だが、じっちゃんがスズメを長い間かわいがってから、食べたのはなぜか。
 そういえば、スズメの焼き鳥をわたしにくれたとき、じっちゃんは確かに言った。
「スズメっこ、めんこいがら、うめぇぞ」
 近所のドブですくったドジョウにでも、庭でとらえたヘビにでも、長い時間じっちゃんは無言で話しかけているように、幼かったわたしにはおもえた。
 農家の人たちはコメや野菜を、豚や牛を、ほんとうにかわいがって育てる。動物の赤ちゃんがかわいいのは、天敵に同情させ襲わせないためではないか、という学者がいたけれども、わたしはそうはおもわない。かわいいことは、おいしい証拠なんじゃないか。赤ちゃんは肉がやわらかくておいしいよ、というわけだ。
 とりあえずじっちゃんは、いのちほど大切な焼酎を、かわいいスズメたちと分かち合ったのだった。

秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅