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またまた、また宣伝、です。

おしらせ
10 /30 2009

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 ええ、っと。更新をサボっています、秋亜綺羅です。
 いま、新しい企画に参加しちゃっています。
 11月22日(日)、「夢中遊泳」という、丹野久美子のイベントを手伝っています。
 伊藤文恵という新鋭の舞踏家と、斎木良太という若い俳優のふたりを、丹野がまる1日、演出します。
 ふたりは丹野の劇団員ではないのです。仙台にもこんな才能があるんだぞ、とばかり丹野が見出してきた“個性”たちです。
 当日は朝から10時間、入替えなし、です。朝にはスタッフと同時に、観客も入れちゃいます。劇団I.Q150による仕込みから公開します。会場で食事もするし、お昼寝もします。おやつの時間もあります。観客もいっしょに、です。
 わたしは1時間ほどふたりに「詩」をあげるのが仕事です。わたしの時間は、ふたりにせりふはありません。わたしのことばに、反応してもらうだけです。
 これは、「カクテル・ポエム」の第2弾、というわけです。詩を形づくるのはけっしてことばではありません。この場合、わたしのことばに拮抗する、ふたりこそが詩人である、ということになります。
 ふたりには次のような設定を与えています。斎木は、夜眠り始めた瞬間に、目覚める夢を見る男。朝起きて夜寝るまでの一日を、そっくりもう一度夢に見てしまう男…。伊藤は、朝目覚めた瞬間に、昨日の夢とまったく同じものが始まる女。夜じゅう見つづけた夢が、現実で確実に実行される…。
 そんなふたりが出会うことは可能なのだろうか。ふたりはやがて、ふたりが出会うために邪魔なものは「肉体」であることに気づくのでした。
 わたしは詩で、ふたりの肉体を切り裂いていきます。夢と現実との水平線で、ふたりの手が、一瞬でも触れ合うことができますように。

 チラシのウラに書いたわたしのコピーは以下です。
  
  
  
気づいたときにはもう遅い
夢中だった              ■ 秋亜綺羅

コンサートといえばクラシック音楽ばかりだった時代に、
世界で初めてのジャズがホールで披露されたとき、
観客はしらけてしまい、ブーイングが渦巻いたと思う。
だが、この歴史的な時間と場所に立ち会ってしまったことに、
ずっとあとになって、観客は気づくことになる。

今回の丹野久美子のくわだてには、
そんなスケールの巨大さを感じるのである。

男女2名の行為は10時間に及ぶ。
そこにはおやつの時間や、食事、お昼寝タイムもあるという。

ここは日常なのか、それとも演劇の中なのだろうか。
観客は自分が観客であることを問うことになる。
だが、この演劇に観客論はない。
単独犯なのか、共犯なのか、立会人にすぎないのか。
観客自身が決めればいいことである。

演劇のステージの上では、ある種の錯覚こそが、
もっとも劇的なる現実、ということになる。

夜、眠り始めた瞬間に、目覚める夢を見る男がいる。
朝起きて夜寝るまでの一日を、そっくりもう一度夢に見てしまう。

朝、目覚めた瞬間に、昨晩の夢とまったく同じものが始まる女がいる。
夜じゅう見つづけた夢が、現実で確実に実行されるのである。

男はある日、死ぬだろう。
二度くり返す人生の夢なんか、もう見なくてすむんだよ。

女はある日、死んだ夢を見るだろう。
夢からさめない方法を、だれに尋ねたらいいだろう。

斎木良太と伊藤文恵にはそんな感性を覚えるのだ。
そんな男女が、エルパーク仙台のステージで出会うことになる。
それは夢の中で、なのだろうか。現実で、だろうか。

仕組まれた日常と、
なにもしない演劇。

声が出なければ、
叫ぶしかないよ。

ここが暗闇ならば、
凝視しつづけるしかない。

泣きたければ、
歌うしかないさ。

気づいたときにはもう遅い、
夢中だった。

気づいたときにはもう遅い。
ドリーム・オン。

ずっとあとになってしかわからないことが、
家の鏡の中であなたの帰りを待っている、
日常という名のもう半分のあなたへの、
おみやげなのだから。

ひよこの空想力飛行ゲーム(1)   ■ 秋亜綺羅

戯曲/ひよこの空想力飛行ゲーム
10 /16 2009

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世界最先端の美術の破壊からそれは始まった

 こんにちは。亡命からやっと生還してきました、秋亜綺羅です。
 きょうは、2009年9月27日(日)宮城県塩竈市で行われた、カクテルポエム「ひよこの空想力飛行ゲーム」を紹介します。
 場所は塩竈市遊ホール。14時より。作は、秋亜綺羅と丹野久美子。演出は丹野久美子。出演は劇団I.Q150と秋亜綺羅でした。
 宮城県詩人会主催の詩の朗読会の一部として企画されたものです。
 で、わたしたちの前のプログラムになる、美術家・斉藤文春のパフォーマンスのところから、ちょっと見てもらいます。写真(上)のように、なんと斉藤文春は新聞紙と、楽屋の水道水だけで美術を作り上げていきます。斉藤が筆をぬらしているバケツの中身はただの水、なのです。写真(中)のように、斉藤はたった10分間で現代美術を完成させてしまいました。斉藤がお辞儀をして終ったところです。
 さてそれでは、わたしたちの出番ですよ。斉藤文春がステージに置いていった、世界最先端の現代美術の破壊からそれは始まりました(写真下)。
 これだけの作品を壊すことにはちょっと勇気がいります。何千年の歴史あるバーミヤンの仏像をタリバンは爆撃したわけですが、I.Q150は、10分間で出現した現代美術を、5分後には破壊したわけです。劇団のみんながかぶっているお面は、斉藤文春の顔! 顔!です。
 しかしそれは、これから始まる「ひよこ」の物語には、いささかの暗喩になりました。鳥は母親にもらったカラを内部から壊さなければ、生まれてくることができません。いつまでも親のカラを破れないでいる、そんなひとが多いわけだけれど、カラを破れない鳥は生まれることすらできない。だから鳥は、人間よりずっと、生きるプロフェッショナルなのかもしれません、ね。

ひよこの空想力飛行ゲーム(2)   ■ 秋亜綺羅

戯曲/ひよこの空想力飛行ゲーム
10 /16 2009

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コップの水で世界は洪水だ

 すこしく斉藤文春のお面をかぶったまま“文春ダンス?”がつづくのですが…(写真上)。とつぜんホイッスルが鳴ると同時に、ステージから俳優たちはあわてるように去っていきます。
 ここからがカクテル・ポエムの始まりです。曲が変わると、俳優たちは全員、水の入ったコップを持ってひとりずつステージに登場します。
 さまざまな格好で。それぞれが自由に、リズミカルに。楽しそうに歩いて来たり、またはスキップを踏みながら、水を飲みほしていく。お互いに話しかけたり、ほほ笑んだり…(写真中)。
 水を飲み終えたところで、全員、ストップ・モーション(写真下)。
 ストップ・モーションのまま、秋亜綺羅(左端)が観客に語りはじめます。

秋亜綺羅
 こんにちは。秋亜綺羅といいます。
 ステージでストップ・モーションをして頑張っているのが、現代美術の破壊工作集団
I.Q150です。
 きょうは、丹野久美子さんの許可をもらって、I.Q150のみんなと遊ばせてもらっています。作を丹野さんとわたしの共同ということで。演出はもちろん丹野久美子です。
 いまのシーンのために書いた、わたしの台本はこうなっています。
『──俳優全員が一個ずつコップを持っている。コップには水が入っている。さまざまな格好で。ひとりずつ自由に、リズミカルに。楽しそうに歩いて来たり、またはスキップを踏みながら、水を飲みほしていく。お互いに話しかけたりしてもいい。
 だが、それは現実原則において水なのであって、ステージの上の俳優にとっては、ただの水であるはずがない。
 ある俳優は自分の「将来の夢」を飲みほす。ある者は「海」を飲みほす。ある者は「記憶」を。ある者は「歴史」を。世界じゅうのあらゆる「音」を。世界じゅうのあらゆる「ことば」を。世界じゅうの「匂い」を。「光」を。「闇」を!
──全員、ストップ・モーション。』
 というわけで…。いま、IQ150の俳優たちは、それを演じてくれていたわけです。
 
 詩の朗読のテキストだろうと、演劇の台本だろうと、観客のためにあるのではない。というのがわたしの考えです。楽譜を観客に押しつける音楽会など、あり得ないのと同じです。詩のテキストは詩人自身のために。演劇の台本は役者とそのスタッフたちのためにあります。
 演奏会で観客が聞きたいのは楽譜ではない。音楽です。劇場で観客に見てほしいものは台本じゃない。演劇です。詩の朗読で観客に見てほしいものは活字という「道具」じゃない。詩! という名の「事件」です。

 では、台本を続けます。
『カラになったそれぞれのコップを持って、ある者はコップを北朝鮮まで投げつける。ある者は海をひっくり返す。ある者はコップに幸福を飼育する。ある者はコップで観客のひとりを殺す。……』
 ということになっています。
 では。IQ150のみなさん、つづけてください。

ひよこの空想力飛行ゲーム(3)   ■ 秋亜綺羅

戯曲/ひよこの空想力飛行ゲーム
10 /16 2009

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少年と少女との間には40年という時間の断層がある

 俳優たちはそれぞれ戸惑いながらも、台本に挑戦するのですが…?!

高橋史生
あの、すみません。おれは「コップの中で昼寝しろ!」って。あの、どうなの、これ。

セトトモコ
わたしは「コップに乗って空を飛べ!」って、それって…。

寺島広
「北朝鮮までコップを投げつける」

星川麻衣
「海をひっくり返す」

斉藤ら真生
「コップに幸福を飼育する」

江目ひとみ
あたしなんか、「コップで観客のひとりを殺す」ですよ。…これって…。

秋亜綺羅
どうぞ。みなさんお好きにつづけてください。

 俳優たちは呆然としながらも、それぞれの試みをしてみるのだけれど…。ひとり、またひとりと退場して
 いく。
 高校3年生の狩野新之介だけが、ステージ中央に残される。照明は狩野に絞られる。
 曲は盛り上がって、いきなりC・O。
 狩野はポケットからゆっくり手紙をとりだす。秋亜綺羅が17歳のときに書いた詩「ラブレター」を読みま
 す。わたしはいま58歳ですから、40年前の粋がっていた言葉たちです。狩野は40年前をすこしでも
 理解しようと、自らの肉筆で手紙を書き写してくれています。

狩野新之介
好きな女優を呪い殺したり
いっしょに死んであげたり
今とても泣きたいのに
海の水は涙ではありません

〈愛〉という言葉が気恥ずかしかったり
この世であんたが一番嫌いになったり
あんたを思いきり抱いたら
ぼくはみすぼらしい未来だったり
ただの堕胎児だったり

〈戦争へ行きたい〉と十七回書いてみたら
突然ぼくは詩人だったり
歩けない病人だったり

けれど
ぼくにはベトナムも愛国心もないけど
あんたとならいつだって戦死したいのですよ

自分の裸を愛撫するために
あんたの部屋には大きな鏡があるけど
ぼくは成人映画を観ながら
暗闇で手鏡を覗くのです

鏡の世界には
今まで出会った女のコ全員の住所録とか
有名になりたいといった欲望とか
大事にしまってあるあんたへのプロポーズとか
昨日の手紙のかっくいいP・Sとか
あんたに一度だけ口づけてもらった喉ぼとけとか
ぼくの宝物はみんな残らず映っちゃいます

嘘の裏返しが本当かどうかは知らないけど
嘘ばかり言ってるぼくは
今、あんたを、好きみたいです

ぼくの嘘に
(ここは砂漠なのだよ、といった類)
〈あら、今の言葉わりとおいしいわ〉
とあんたが笑って
ぼくはお代わりをあげたくて汗だくになっちゃうけど
言葉なんて平凡パンチにたくさんあるのです

ふたりで煙草を隠れのんでも
すぐ年月は過ぎちゃうみたいだし
抱いたくらいじゃよくわかんないけど
あんたは僕の体温なんかじゃ溶けやしないで
終電車の時刻になっても
タイムアウトだよ性欲くん
というわけでもなく
やっぱりぼくは辺見マリに未練があるのだし
辺見マリと庄司好子先生と
それからちょっぴりあんたしか
女のヒトなんて知らないけど
ひとつの出会いとは思い出をひとつ殺すから
街角で知らない女と視線が合わないように
十八の誕生日には
サングラスをください

 狩野新之介が朗読を終えて、詩をポケットにしまっていると、ふと少女が立っているのが見えます。少
 女は舞踏の伊藤文恵(ひよこ)。狩野は40年前のわたしであり、少女は現在のわたしの詩そのもの、
 というわけです。ふたりの視線があったような気がするけれど、触れ合うことはけっしてないのです。
 ──暗転。

ひよこの空想力飛行ゲーム(4)   ■ 秋亜綺羅

戯曲/ひよこの空想力飛行ゲーム
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ひよこは鳥かごといっしょに踊ることで自由になれる

 横向きに立つ伊藤文恵の姿が浮かびあがる。只野展也の音楽(「オリオン変奏2」)の中を、丹野久美
 子が詩「鏡と現実の水平線」(秋亜綺羅)を読む。(写真上)

丹野久美子
水平線では
泳ぐものと飛ぶものが半分ずつ溶け合っています

鏡と現実との境界にも水平線があって
ふたりのあなたが半分ずつ溶け合っている

だから鏡を見ているあなたは
半分だけあなたなのです

残り半分のあなたはまだ鏡の中にいて
隠れたままかもしれません

帰りたくないのかもしれないね
あなたは半分だけ自分を嫌いだから

 丹野久美子の照明F・O。
 曲「HI・YO・KO」(只野展也)にかわります。
 中央で伊藤文恵が踊ります。
 上手より星川友衣登場。
 その後、上手よりセトトモコと星川麻衣、下手より江目ひとみが登場。

セトトモコ
わたしの部屋には、このまえお祭で買ったひよこが1羽います。

江目ひとみ
夜寝るとき、わたしをおかあさんと思っているのか、ぴよ。

星川麻衣
ぴよ。近づいて来てわたしのお布団に入って来ます。

星川友衣
ぴよ。…ぴよ。…ぴよ。…ぴよ。…。

セトトモコ
ひよこは鳥なので、将来青空を飛ぶ予感を持っているのです。

江目ひとみ
わたしのお布団の中で、空を飛ぶ夢を見ているのでしょう。

星川麻衣
うれしそうな表情で、肩甲骨のところを震わしているのです。

 舞台奥から、高橋史生、寺島広、斉藤ら真生、狩野新之介が登場。
 ランダムに置いてある丸いデザイン椅子を、ステージ中央のひよこを囲むように並び変えていきます。
 女性たちは、ひよこの周りをゆっくり歩きながら…

星川麻衣
ぴよ。ぴよ。

星川友衣
ぴよ。ぴよ。

セトトモコ
ぴよ。ぴよ。

江目ひとみ
ぴよ。ぴよ。

星川友衣
ぴよ。ぴよ。

 男性たち、それぞれ椅子の上に立つ。

セトトモコ
だけれど、おとなになって、ニワトリになった時、

星川友衣
(ひよこを見つめる)

江目ひとみ
ひよこは自分が、空を飛べないことを知るのです。

星川麻衣
空を飛ぶだろう「予感」と、

セトトモコ
飛べないことを知る「絶望」。

江目ひとみ
それがひよこの、

星川麻衣
運命なのです。

 女性たちも椅子のうえに上がります。
 男性たち、女性たち、両腕を宙に伸ばして空に向かうように。
 その後、ひよこをとり囲むようにして、鳥かごのかたちをつくります。

高橋史生+セトトモコ
飛ぶことをあきらめるときが
ひよこがおとなになれるときです

寺島広+江目ひとみ
鳥が鳥かごに飼われるのは
鳥は空を飛べるからです

斉藤ら真生+星川麻衣
鳥が飛ぶことをやめてしまえば
だれも鳥かごに閉じ込めたりはしない

狩野新之介+セトトモコ
鳥かごの鳥は飛ぶことをやめてしまえば
自由なのです

高橋史生+江目ひとみ
飛ぶことをあきらめてしまえば
そこには

 すこしの間

俳優全員
自由が待っている!

 ひよこを囲む鳥かご(俳優たち)は、ゆるゆると解体されます。
 ひよこと鳥かご(俳優たち)はいっしょに踊ります。
 ひよこは鳥かごを背負って生まれてきた鳥です。鳥かごといっしょに踊り明かせば、そこには自由が
 いっぱい! というわけです。(写真下)

ひよこの空想力飛行ゲーム(終)   ■ 秋亜綺羅

戯曲/ひよこの空想力飛行ゲーム
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ひよこのひよこがひよこをひよこする

 ひよこ(伊藤文恵)と鳥かご(俳優たち)がいっしょに踊るなか、丹野久美子が「ひよこの唄」(作詩/
 秋亜綺羅、作曲/丹野久美子・サイトウミノル、ギター/サイトウミノル)をうたいます。(写真上)


丹野久美子
ねえ、抱っこしてよ
軽くでいいよ
わたしは心の中で
強く抱きしめ返すから

寒くもないし
お腹もすいていない
すこし暗いけれど
好きなひとの顔を
見ることができる
さようなら

ねえ、キッスしてよ
もうすこしだけ
ふたりは唾液の中で
きっと同じ日に死ねる

ねえ、まあだだよ
帰れないかもしれないけれど
青空を泳ぎつづけるよ
好きだよ
きっとあしたも、ね
さようなら

 曲「ひよこの唄」かけきりで、曲「DEAD TIME 2」(作曲/只野展也)が流れます。
 と、秋亜綺羅が下手に登場、朗読。
 丹野久美子はボイスで朗読にフリーで絡みます。
 伊藤文恵の、朗読に呼応するフリーダンスは圧巻です。

秋亜綺羅
ひよこは

 俳優全員、ストップ・モーション。

秋亜綺羅
鳥かごを背負って生まれてきた鳥である
おとなになってニワトリになっても
空を飛ぶことができないのである

 俳優全員、ストップ・モーション解除。
 ステージじゅうを歩きはじめます。

秋亜綺羅
踊りつづけることしかできない
かごのなかを
遠近法のない映画を
水平線のない海を
風が吹くステージを
割れたコップが散らばるベンチを
朝焼けに光るアスファルトを

ひまわり畑の迷路には
出口がひとつ必ず仕組まれている
記憶にも未来形があるんだ
叫ぶしかないよ
ひよこよ

だがわたしはといえば
鳥かごの中で生まれて
鳥かごの中で死んでいく
ほんとうは空が飛べるはずの
鳥だったのではないだろうか

ひとりでいる孤独よりも
会いたいひとがいるという名の孤独
わたしのまえには
透明な鳥かごが立ちふさがっているのだ

陽射しの中で
レモンスカッシュに溶かしてしまいたいもの
菜の花
紋黄蝶
ひよこの口笛

会いたいという名の孤独
会えないという名の約束
水溶性の映画が青空を質問する

秋亜綺羅と俳優全員
会いたいという名の孤独
会えないという名の約束
水溶性の映画が青空を質問する

秋亜綺羅
会いたいという字を、ひよこと置き換えてみる。

秋亜綺羅と俳優全員
ひよこという名の孤独。会えないという名の約束。水溶性の映画が青空を質問する。

秋亜綺羅
会えないという字を、ひよこと置き換えてみる。

秋亜綺羅と俳優全員
ひよこという名の孤独。ひよこという名の約束。水溶性の映画が青空を質問する。

秋亜綺羅
映画という字を、ひよこと置き換えてみる。

秋亜綺羅と俳優全員
ひよこという名の孤独。ひよこという名の約束。水溶性のひよこが青空を質問する。

秋亜綺羅
質問という字を、ひよこと置き換えてみる。

秋亜綺羅と俳優全員
ひよこという名の孤独。ひよこという名の約束。水溶性のひよこが青空をひよこする。

秋亜綺羅
水溶性という字を、ひよこと置き換えてみる。

秋亜綺羅と俳優全員
ひよこという名の孤独。ひよこという名の約束。ひよこのひよこが青空をひよこする。

秋亜綺羅
約束という字を、ひよこと置き換えてみる。

秋亜綺羅と俳優全員
ひよこという名の孤独。ひよこという名のひよこ。ひよこのひよこが青空をひよこする。

秋亜綺羅
青空という字を、ひよこと置き換えてみる。

秋亜綺羅と俳優全員
ひよこという名の孤独。ひよこという名のひよこ。ひよこのひよこがひよこをひよこする。

秋亜綺羅
名という字を、ひよこと置き換えてみる。

秋亜綺羅と俳優全員
ひよこというひよこの孤独。ひよこというひよこのひよこ。ひよこのひよこがひよこをひよこする。

ひよこというひよこの孤独。ひよこというひよこのひよこ。ひよこのひよこがひよこをひよこする。ひよこというひよこの孤独。ひよこというひよこのひよこ。ひよこのひよこ がひよこをひよこする。ひよこというひよこの孤独。ひよこというひよこのひよこ。ひ よこのひよこがひよこをひよこする。ひよこというひよこの孤独。ひよこというひよこ のひよこ。ひよこのひよこがひよこをひよこする。ひよこというひよこの孤独。ひよこというひよこのひよこ。ひよこのひよこがひよこをひよこする。ひよこというひよこの孤独。ひよこというひよこのひよこ。ひよこのひよこがひよこをひよこする。

 全員の声が音にうずもれていきます。歩いたり、スキップしたり、踊ったり…。音楽にかき消されそうに
 なりながらも、俳優たちはあらんかぎりの声でことばを発します。ことばはもう、意味ではありません。
 ──気が遠くなるような暗転。黒い青空をひよこは飛んでいます。きっと。

出演
  丹野久美子
  伊藤文恵
  高橋史生
  寺島広
  斉藤ら真生
  狩野新之介
  江目ひとみ
  セトトモコ
  星川麻衣
  星川友衣
  秋亜綺羅

舞台監督
  伊藤広重
 
照明
  三浦優香

音響
  関紀子

音楽
  サイトウミノル
  只野展也
  一ノ瀬健二

制作
  星川律子


  秋亜綺羅
  丹野久美子

演出
  丹野久美子

秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅