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アート・アトランダム②  美術なんて、壊してしまえ    ■ 秋亜綺羅

美術評/アート・アトランダム
02 /25 2010

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 こんにちは。秋亜綺羅です。
 月刊「ACT」(仙台演劇研究会)に1年間、美術評を書かせてもらうことになり、2月号が出来上がってきました。連載2回めです。
 編集部に同時掲載の許可をもらっていますので、ここでも紹介したいと思います。
 美術を知らないくせに、遠慮も知らない、ナマイキな原稿です。怒りたくなったひと、または興味のない方にはごめんなさい。



美術なんて、壊してしまえ──劇団I.Q150における現代美術破壊工作
                            秋亜綺羅

 前号で紹介した斉藤文春の美術 (http://blogs.yahoo.co.jp/cacaodokoda/23333129.html) は、完成の五分後、写真のように破壊されました。これらのお面は斉藤文春の顔!顔!顔です。犯人は秋亜綺羅と劇団I.Q150でした。
 〇九年九月、塩竈市。このイベントの企画によれば斉藤文春のあとが、秋亜綺羅と劇団I.Q150による詩のパフォーマンスです。
 ステージ上に残される斉藤文春の作品をどうするのですか。という話になり、斉藤が「次の舞台で利用してもらっていいですよ」
 いいですよ、と言われたって「壊れてしまうかもしれませんよ」とわたし。
 ちょっと躊躇?して「…いいですよ」と斉藤文春。
 「じゃあ、壊してしまえ!」これはわたしの心のなかだけの声。
 すわ。I.Q150による世界最先端美術の破壊作戦は、開始されたのであったァ。
 斉藤の美術行為の内容が、まず、わからない。IQ諜報部員は斉藤の周辺を探り、準備している材料や、設計書などを探り当てる。
 I.Q写真班は、お面を作るために斉藤の写真を撮らなければならぬ。斉藤が参加する美術展にとりわけ若い女優を送り込み、「先生、サインくださ~い。いっしょに写真撮ってもらっていいですか~」などと、ふふふ。
 稽古場では、集まった資料から想像できる新聞紙のパネルを作成。仮の斉藤画伯役も登場し、大きな筆を振り回して「こんな感じじゃねえの?」と練習はつづいたのでした。
 さて、ついに当日。何千年の歴史あるバーミヤンの仏像をタリバンは爆撃したわけですが、I.Q150は、一〇分間で出現した現代美術を、五分後に破壊することに成功。
 会場の喝采に斉藤文春、「わたしの一〇分間はなんだったんだ」と言ったとか、いわなかったとか…。ざまァみなさい。美術は壊れるのが美しいのだ。
 そのあと、丹野久美子演出による「文春ダンス」は、ルンルンとつづきました。とさ。
                           ──月刊「ACT」2月号 Vol.332 (発行・仙台演劇研究会)
  

ここは一発! 今日の教訓⑭    ※ココア共和国非常識村

今日の教訓
02 /18 2010

  
反省してま~す

──だからさ。応援しないなら、せめて黙っててよ。…けっきょく反省させたほうも、反省する羽目になっ
   ちゃたというお話。J国から輸入したばかりの「教訓」でございます。
  
   国母は想像どおりの宇宙人でした。宇宙人に背広を押しつけることが、ムリでした。みんなに国母
  のマネが出来ないように、国母だって、年じゅう常識という名の背広を着る人種のマネは出来ませ~
  ん、というわけです。
  
  

今日のぶつやき         ■ 秋亜綺羅

秋亜綺羅の長すぎるつぶやき
02 /15 2010


国母選手。かっこいいと思ったんだけどなぁ。
庭いじりしてるフツーのおとうさんよりおしゃれだし。
通勤電車のフツーのサラリーマンより清潔だと思う。

古代オリンピックでは選手全員がぜん裸だったし。
パンツなんかはいてるひとが出場したら、死刑! だよね。

日本のスケート陣のユニフォーム。パンツが透けてるようなやつです。
いいデザインですねぇ、さすが~とか言ってますけど。
全員ではいてるから褒められて、誰かひとりだけあれだったとしたら、
もう、国母くん状態ですよ。

お相撲さんなんかマワシいっちょうでインタビュー受けてるけど、
ギョッとしますよ、フツーのひとなら。

黒人の音楽としてジャズが湧き上がってきたとき、時代はそれを認めたでしょうか。
ミニスカートが日本に来たとき、おばさんたちのブーイングはたいへんでした。
エレキギターをひく若者は不良と言われました。
サングラスをかけて町を歩くやつは暴力団。
高校野球選手は坊主でなければフツーじゃない。(いまでもそかな?)

茶髪なんて、ありえな~い。というジョーシキも、
プロのサッカー選手たちが変えてくれました。

もちろん、それら全部を嘆かわしいことだと、
いまでも感じているひとたちがいることも理解できます。
だからこそ、ひとの感覚は自由なんでしょう。

背広を買うお金もなく、知り合いのお葬式にボロボロのGパンでいくのは、
勇気がいります。
言葉づかいにも自信がなく、人まえに出るのが恥ずかしい。
あ、でも、これでいいんだ。
そんな勇気を、国母選手からもらったひとだっているかもしれない。
  
  
  
  
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季刊ココア共和国 Vol.1 秋亜綺羅・著 柏木美奈子・編集 あきは書館・発行 ¥525

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ここは一発! 今日の教訓⑬   ※ココア共和国タヌキ村

今日の教訓
02 /13 2010

    
宝くじからタを引いたら、空くじ!
 
──いやァ。そういうことで。それだけのことです。
   お正月は年賀はがきが500葉ほど来ますが、ビリしか当たりません。60年近く生きていますが、
   宝くじ長者を見たこともありません。
   「宝」と「空」って、カタチが似てるような気がしてきました。
  
 

ここは一発! 今日の教訓⑫    ※ココア共和国・品格審議委員会

今日の教訓
02 /06 2010

     
それって、哲学だね。

──あんたのいうこと、よくわかんな~い。といったときなどによく使います。相手はほめられたような…、
  いや、そうでないような…。
   「哲学」は「品格」と同じで、日常ではあまりほめ言葉ではないようです。いわゆるいかがわしいこと
  ばの横綱です。あれ?「横綱の品格」ってそういう意味でしたっけ?
   「品格のない方の入場お断り」なんてパチンコ屋さんがあったら3日でつぶれます。
   「うちの店に哲学はありません」くらいのほうが、繁盛するかも。
   ちなみに、この「今日の教訓」シリーズのカテゴリだけど、最初からずっと「哲学」でした。気づいてま
  した?
 

朝青龍くん、きょうも元気かい?   ※ココア共和国

ココア共和国
02 /02 2010

  
 おはやうございます。ここはココア放送局です。聞こえますか。あなたの脳髄とわたしの脳髄が、透明な糸でつながっています。見えない糸電話放送でお送りしています。聞こえますか。
 糸は絡まっていませんか。長すぎませんか。雑音がすこし気になります。チューニングはいいでしょうか。
 それでは放送を始めます。


朝青龍くん、きょうも元気かい?
                   ※ココア放送局ニュース

 J国では「朝青龍問題」といって、一青年が酒を飲んで知人をケガさせたと、国じゅうが騒動になっているそうです。国会で取り上げられるかも、…なんて、なんと、平和でうらやましい国でしょう。
 「朝青龍問題」がなぜ「問題」なのでしょうか。ココア共和国情報解析局によれば、その青年が国技の大横綱であること。いままでも「不祥事」が絶えないこと。外国人であること。いろいろありそうです。
 しかし横綱としてふさわしくないのでは? というのが「問題」だそうです。J国の伝統としての大相撲を汚すものだ~、というわけです。
 わがココア共和国情報解析局の分析によれば、この原因はなんと、いまのJ国国民の伝統に対する意識の軽薄さからくるものであると断定しました。
 もしJ国の伝統を守るということならば、朝青龍を育てた親方が責任をとって辞めるのがほんとうです。辞めないとしても、全責任は親方にあると、謝罪するのがほんとうの姿です。朝青龍にはいっさいの責を問わない。育ての親が責任をとってはじめて、わんぱく少年は自分の行為の重大さに気づくものです。それが、J国の長い歴史が誇る、伝統というものです。自己保身をするおとなたちを見て育つこどもたちは、不幸です。
 強くなり有名になりたいというだけで、J国にやってきた外国の若者たちを、温かい目で見守るのも、J国民の伝統の力です。
 わんぱく少年は、いつまでもわんぱくでいてほしい。そう思うことも、J国民の伝統の力です。
 「横綱はこうあるべきだ」ではありません。そんなことは、横綱が決めることです。
 「国技はこうあるべきだ」ではありません。そんなことは、力士たちが決めることです。「べきだ」という概念は、伝統をコンクリートにしてしまうばかりです。

 さて。自ら辞めた親方が次の日、朝青龍と出会います。「朝青龍くん、おはよう。きょうも元気かい?」
 師弟とは昔からずっと、こんなものです。
 師が、弟をかわいい、という気持ちはかわりません。
 弟は、そんな師がいるから育つのです。
 それを伝統というのだと思います。

 では、また。つぎの放送日まで。
  

秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅