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アート・アトランダム⑥ 前衛も現代もいらない ■秋亜綺羅

美術評/アート・アトランダム
06 /22 2010
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前衛も現代もいらない
──石川舜の美術
 
                         秋亜綺羅
 
 石川舜は若いころのわたしにとって、いちばん前衛で、実験的な現代美術家でした。
 カンバスを実際に切り裂いたあとに縫いもどすとか。逆に、まるでカンバスを切ったように描く(写真1)とか…。絵の具が半分はみ出したチューブが、そのまま貼られている絵も見たことがあります。細い線で描かれる鉛筆画は圧巻だし…。白いカンバスに白い絵の具、黒いカンバスに黒い絵の具なんて、あたりまえ。
 先日この取材で石川舜と会ったとき、「実家が写真屋だったので、写真に写らないように絵を描いたんですよ」と。たぶん、すこし冗談でしょう。
 石川舜は、他人に見せるための絵を描かない。美の行為は、だれかを幸福にするための、サービスの道具ではありえないからです。
 もちろん日常生活というものは、ひとに喜んでもらうことで自分もうれしい。そしてそれがお金になり、生活が成り立つ。みんながお互いにそうしているわけですけれど。…
 だけど、アーティストの仕事はそうじゃない。自分が、さっきまでと違う自分をつくる。そのために今あるものを壊し、さっきまでの自分と闘う。そのすさまじさに、他人が感動することがある、というだけのことです。
 ちょっとおおげさだよ、と石川舜がいいそうだけど、だけれど。石川舜はじゅうぶん、すさまじい。
 九〇年代から石川舜の作品が変化します。
二三〇×七三〇の大作になります。「再現」という作品。宮城県美術館の地下の収蔵室で、わたしは見せてもらいました。(写真3)
「これは、寝て見た夢の写実ですか?」
「いや、地をまさぐるモグラの皮膚感覚みたいなものを、想像した世界だよ」と石川舜。
 かなりあっさり、端的に答えてくれました。いまも未完の大作を抱えているようです。(写真4)
「現代とか、前衛とか、実験とかそういう衣服を脱いだほうが、自由だったかな」
 わたしもそう考えていたところでした。

 
 
 ──こんにちは。秋亜綺羅です。
   月刊「ACT」(仙台演劇研究会)6月号に書かせてもらっているコラムです。
   編集部には同時掲載の許可をもらっています。
   美術を知らないくせに、遠慮も知らない、ナマイキな原稿です。
   怒りたくなったひと、または興味のない方にはごめんなさい。
 
      写真1を拡大して見てみてください。キャンバスを切り裂いて縫い合わせたよ
   うにしか見えませんよね。
   写真3と4は、普通の画廊には入らないほどの、とても巨大な作品です。

 
 

ここは一発! 今日の教訓⑰    ※ココア共和国がんばる子の村

今日の教訓
06 /06 2010
   
九死に一生がついに十回目
 
──こんどこそ死んじゃう、よね。
   「もう死にそ~」とか言って、いっつも元気なひとがいますけれどね。
   わたしは mixy もやっていて、「死ぬ気でやれよ、死なないから」
   という名のコミュニティに参加しています。あ、こんなコミュニティにも入っています。
   「やればできる子。でもやらない」。
 
 
 
   

秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅