fc2ブログ

菅-小沢激突! やっと民主主義が守れたね。

秋亜綺羅の長すぎるつぶやき
08 /31 2010
2010年8月31日(火)
 
しっかし。せっかく選挙で闘おうというふたりを、止めようとするひとがいるんですね。バカみたいですね。…それもいわば公然と。民主主義を知らないんですね、政治家のくせに。
これであすから投票日まで、ニュースは民主党のことばかり。民主党の注目度は上昇するばかりでしょう。
ちょと心配なのは、サポーターの票が一方的に菅さんに流れることが予想されるわけだけれど、それでも小沢さんに投票する国会議員を見せつけられることです。日本に民主主義はないな。と、日本人が思い知ることです。
 
  

ツイッター、フォローし合いませんか?

秋亜綺羅の長すぎるつぶやき
08 /29 2010
2010年8月29日(日)
 
ツイッターをやっている方! お互いにフォローし合いませんか?
わたしはあんまりまじめなつぶやき人ではありませんが…
そのせいか、フォローしあう仲間がさっぱりおりません。
よろしくです。
ツイッター → 秋亜綺羅
 
 
 
   

ここは一発! 今日の教訓⑱    ※ココア共和国べこ村

今日の教訓
08 /22 2010
 
ボサノバをかじりながらレモンを聞くと牛になるよ
 
──食べてすぐ横になると牛になるといわれます。
   が、人間には牛になる能力などないのです。
   だけど、たとえ牛さんになったとしても、ヨダレをたらしちゃいけませんよ。
   口蹄疫といわれて、いじめられちゃうでしょ。
   せめて立派な牛タンにおなりなさい。
 
 
   

アート・アトランダム⑧ 壁に残された過去の自分と舞踏する ■秋亜綺羅

美術評/アート・アトランダム
08 /19 2010
 
イメージ 1
 
 
イメージ 2
 
イメージ 3
 
イメージ 4
 
イメージ 5
 
 
 
 
壁に残された過去の自分と舞踏する
──丹野久美子と秋亜綺羅のカクテル・ポエム
 
                          秋亜綺羅
 
 〇九年十一月に仙台で公演された、丹野久美子演出の「夢中遊泳」という芝居。公演は一〇時間に及ぶもので、観客の出入り自由という、スケール違いの企画でした。
 その一部分をわたしが任せられていて、カクテル・ポエムと称し、秋亜綺羅が自作詩の朗読をしました。伊藤文恵と斎木良太という、仙台が誇るふたりの俳優が、わたしの詩を感じて演じる(踊る)というものでした。もちろん台本はいっさいないし、練習はたくさんしたけれど、同じことを繰り返さないための、自己模倣にならないための練習でした。
 さて。六㍍×二㍍のパネルに、ふたりの俳優がストップモーションで張りつくシーンがあります。そこにプロジェクターで詩の映像を当てます。朗読は続いています。
 そのパネルには夜光(蓄光)塗料が塗られていました。夜光塗料の効果は「光る」ことだとふつう思うわけですが、ここではふたりの「影」をつくり出すことになります。
 やがて完全暗転になり、壁に残された過去の影と、現在進行形の影がすこしずつ離れていきます。
 そのとき、さっきのわたしの朗読を録音していた二台のテープレコーダを、同時に再生します。二台のレコーダの音(声)は、時間とともにすこしずつずれていきます。
 音も、影もずれていくなか、ことばから意味が聞きとりにくくなっていきます。
 観客が意味を聞くことをあきらめたときに、ことばが壊れ、そこに「詩」が現れるかもしれない、という実験でした。
 それと、二台のテープレコーダの声がずれていくのは、「機械ですら同じものを聞いてはいない。それがひとならば…。一〇〇人の観客は一〇〇の詩をつくることになるだろう」という、メッセージでもありました。
 わたしがいうカクテル・ポエムとは、美(アート)と詩(ポエジー)をシェイクするところから始まります。
 
 
 ──こんにちは。秋亜綺羅です。
   月刊「ACT」(仙台演劇研究会)8月号に書かせてもらっているコラムです。
   編集部には同時掲載の許可をもらっています。
   美術を知らないくせに、遠慮も知らない、ナマイキな原稿です。
   怒りたくなったひと、または興味のない方にはごめんなさい。
 
    

のんびりしないと殺される。ぞ。

秋亜綺羅の長すぎるつぶやき
08 /12 2010
2010年8月12日(木)
 
最近体調が良くなかったので、1日にPET-CTを受けていました。
その結果がきょう届きました。
わたしは60年間、健診など1度もしたことがないので、ちょっと不安でした。 
が、致命的な病気はとくになかったようです。持病の糖尿病、緑内障、それから相応の老化、だそうです。それから、ストレスが大きいのでのんびりしなさい、と書いてありました。
きょう結果が届いてよかったです。あしただったら、結果は変わっていたでしょう。
だって、あしたは13日の金曜日、仏滅。だもの。
 
 
   

小鹿夏個展を観てきたよん。

秋亜綺羅の長すぎるつぶやき
08 /09 2010
イメージ 1
  
  
イメージ 2
  
イメージ 3
  
  
イメージ 4
  
イメージ 5
 
   
イメージ 6
 
 イラストレーターで童話作家・小鹿夏の個展が、東京・渋谷のギャラリール・デコで開かれていて、6日に観てきました。わたしの世代は、個展といえば壁に整然と額が並んでいるのを想像するのだけれど…。
 会場という時空こそが作品ですといわんばかりの演出。
 絵画やイラストといっしょに、壁には小鹿作のアニメが流され、六九狂ヴィヴィアンの音楽と歌が激しく流れつづけています。
 6日は特別企画。小鹿夏の絵本「イモリのしっぽ」から、キャラクターが抜け出してきて、しゃべりだし、歌いました。夜の会場は観客でいっぱい。小鹿夏の24の誕生日でもありました。
 
 
   
 
 
 
       

「お酒をひやで…」と「冷酒」はちがいます。

秋亜綺羅の長すぎるつぶやき
08 /03 2010
2010年8月3日(火)
 
「秋亜綺羅のつぶやき」って「つぶやき」にしては長すぎませんか。と言われました。 
冷やし中華と冷たいラーメンって、ちがうんですね。
おしまい。
 
                             秋亜綺羅
 
 
 
   

アート・アトランダム⑦ アングラ演劇は美術の領域を進行中 ■秋亜綺羅

美術評/アート・アトランダム
08 /01 2010
イメージ 1
 
イメージ 2
 
イメージ 3
 
イメージ 4
 
 
 
 
アングラ演劇は美術の領域を進行中
──豊島重之とモレキュラーシアター
 
                          秋亜綺羅
 
  アングラといったら、寺山修司やら唐十郎の名が出てきて、懐かしい文化ですねとか、いい時代でしたね。とか、言われてしまっているようです。
 アングラ(地下)というのは懐かしいものなんかじゃなくて、いまはまだ誰にも理解されず、新しすぎて「地上」では認められないもの。であるはずです。
 先日、東京の早稲田で公演した、豊島重之のモレキュラーシアターを観てきましたが、アングラは確実に生きていました。
 懐かしさばかりを売っている、アングラ劇もどきが多いなか、いまを生きるアングラは、美術の領域に行こうとしている。…モレキュラーを観て、そう思っちゃいました。
 四月二十四・二十五日。「バレエ・ビオメハニカ」は早稲田大学文学部の構内、気になるほど天井が高い、演劇映像実習室で演じられました。五〇人ほどで満員で、三回ほど追加公演があったようです。
 プロジェクター用の一枚のスクリーンが、いわばステージです。その前で舞踏する俳優。それに二台のプロジェクターで光と影を当てる俳優。メイエルホリドの「最後の演説」と、ジュネの「シャティーラの四時間」を朗読しつづける俳優。
 プロジェクターを持つのもスタッフではなく、俳優です。舞踏も、光も、声も…。ぜんぶを俳優たちが、一枚のスクリーンと、天井の高い空間に、美術を演出していきます。
 前半が「死体直前」、後半が「死体直後」ということでシーケンスされました。
 ふたりの俳優が二台のプロジェクターを操ることで、光と闇、肉体とその影の呼吸、ズレとブレを生みます。そのうえに肉声の緊張が、もうひとつの震撼みたいなものを覆いかぶせていきます。
 モレキュラーをアングラというのは失礼なのかもしれません。国内外の美術館などに招待され、公演をつづけています。
 
 
 ──こんにちは。秋亜綺羅です。
   月刊「ACT」(仙台演劇研究会)7月号に書かせてもらっているコラムです。
   編集部には同時掲載の許可をもらっています。
   美術を知らないくせに、遠慮も知らない、ナマイキな原稿です。
   怒りたくなったひと、または興味のない方にはごめんなさい。
 
      写真は上から、「死体直前」を演じる、大久保一恵。
          「死体直後」を演じる、四戸由香。
          ふたりのプロジェクショナーは、秋山容子と高沢利栄。
          虐殺された妻、ジナイーダ・ライフを演じる、田島千征。
 
 
写真=ⒸICANOF。
 
 
   

秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅