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アート・アトランダム⑫ 完璧な暗闇で目をつむる       秋亜綺羅

美術評/アート・アトランダム
12 /27 2010
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完璧な暗闇のなかで目をつむる
── 一年間の取材を終えて
 
                                     秋亜綺羅


芸術と呼ばれるものは錯覚をつくり出す行為なのでしょう。 紙の上には絵具が乗っかっているだけなのに、「いい富士山ですね」 とか言ったりします。 舞台やスクリーンの上では、 日常とはべつの時間が進行しています。
八月号で紹介させてもらった、 丹野久美子と秋亜綺羅のカクテル・ポエムだけど。 あらかじめパネルに貼られた仙台市の地図…。 観客全員に、 自分の住む地点に、 画びょうを一個ずつ押してもらいました。 詩の朗読が始まると完全暗転になり、 地図が貼られた壁は、 観客の数だけの星空になりました(写真)。 画びょうに夜光塗料を塗っていたわけです。

会場にかすかな光でも漏れていれば、 夜光塗料の星座は時間とともに、 どんどん小さく薄くなっていきます。 人間の目が暗さに慣れてくるからです。
 ところが 「完璧な暗闇」 だと、 星は逆にどんどん大きくなり、 輝きが増すばかりです。 人間の目が慣れるものは、 夜光塗料の星以外になにもないからです。

 
  完璧な暗闇で目をつむると
  水溶性の映画がやってくる
  世界でいちばん明るい場所がそこにある
  
  完璧な暗闇で目をつむると
  想い出も、 未来も
  どんどん大きくなるんじゃないだろうか
 
読者には迷惑なコラムだったでしょうけれど、 楽しい一年でしたよ。 八戸では吉増剛造に会えたし。 東京へは二回。 豊島重之と小鹿夏に会いました。 石川舜のアトリエには何度も邪魔しました。 ほかの方々にも、 直接会って意見を交わしました。
このコラムを書くのに、 辞書も文献もいっさい使っていません。 直接、 会う。 それだけで書く。 が、 一年前にわたしが自分で決めた課題でした。
 
 
 
 ──こんにちは。秋亜綺羅です。
   月刊「ACT」(仙台演劇研究会)12月号に書かせてもらっているコラムです。
   編集部には同時掲載の許可をもらっています。
   美術を知らないくせに、遠慮も知らない、ナマイキな原稿です。
   怒りたくなったひと、または興味のない方にはごめんなさい。
 
   写真(上) 地図の上には観客全員の居住地点に画びょうが打たれている。
   写真(下) 暗転すると星空が。
   
   1年間の連載もこれで最後になりました。
   月刊「ACT」編集部のみなさんに感謝します。


   

クリスマス・イヴはいかがでしたか

秋亜綺羅の長すぎるつぶやき
12 /25 2010
2010年12月25日(土)

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 ちょっとご無沙汰していました。 秋亜綺羅です。
 きょうの仙台は、ホワイト・クリスマスになっていますよ。

 わたしは60歳まぢかですが、子どもも孫もいないので、毎年、妻とふたりだけの、なんにもなしで、なんでもありのイヴです。

 ことしのイヴはテーブルにローソクの灯がともりました。 9月に事務所に遊びに来てくれた、Yahoo!ブログ 「夢をみましょ♪」 のゆきさんがおみやげに持ってきてくれた、ローソクです。 ローソクといっても、透明なグラスに蝋が入っていて、中は海の底! です。 ヒトデさんや貝殻さんが遊んでいます。
 わたしは糖尿病なので、ケーキがダメ。 妻はひとり分の小さいケーキでメリー・クリスマス。 ゆきさんのローソクはずっと、クリスマス・イヴにと決めていたようです。

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 部屋を暗くしたので、ヒトデさんや貝殻さんはローソクの明かりだけで見えているのです。 このグラスには、新しい出会いがいっぱい入っているように思いました。
 ゆきさんとは、ブログでの出会い。 わたしの雑誌 「ココア共和国」 第3号に詩を書いてもらい、大好評でした。

 ことしはブログとか、ミクシィとか、ツイッターなどでの出会いがたくさんありました。  わたしのちっぽけなブログにも、多くのひとたちから、多くのコメントをもらいました。 それらをきっかけに、わたしも東京などあちらこちらに出かけたりしました。

 ローソクの灯をみていると、来年もたくさんの出会いがありそうな予感です。
 ゆきさん。 ありがとうです。 また詩をください、ね。


   

きのうも、そう思った。                       秋亜綺羅

12 /11 2010

 こんにちは。 またまた、ブログの更新をサボっています。
で。 きょうは、『宮城の現代詩2010』(宮城県詩人会,、10月31日発行)に掲載した詩を読んでもらえたらな。 と思います。

宮城の現代詩2010
では。 とりあえず。
  

 

 
きのうも、そう思った。
秋亜綺羅
 


わたしのラジオからB・フォンティーヌの、
 <ラジオのように>  が流れている。
隔離病棟 <ふるさと> ではそれが、
聞こえるか。
 (あなたの鼓膜Aとわたしの鼓膜Bの二点を糸電話の糸で結ぶ)
長すぎる糸は脳髄に絡まり、
夢のなかで、
あなたと何度も日が暮れていった。
 <ラジオのように> とラジオ、のように。
 
きのうも、そう思った。
 
たとえば、わたしの贅沢(ぜいたく)というのは、
わたしが歩いてきた土地一面にキャベツ畑をこしらえて、
キャベツから採れる青虫を主食にすることである。
こどもたちが遊びに来ても、
 <ほら、青虫のからだは透けている>
などと冗談は言っていられない。
 
きのうも、そう思った。
 
 (ダアレガホシイ)
 (アノコガホシイ)
ふたりだけとり残されたいと、お願いしていただけだった。
 (アノコジャワカラン)
 
きのうも、そう思った。
 
寒くもないし、おなかもすいていない。
すこし暗いけれど、
好きなひとの顔を見ることができる。
さようなら。
 
きのうも、そう思った。
 
会いたいという名の孤独。
会えないという名の約束。
恋でもないのに、好きだよ。
きのうも、そう思った。
 
陽ざしのなかで、
レモンスカッシュに溶かしてしまいたいもの。
菜の花。
紋黄蝶。
ひよこの口笛。
きのうも、そう思った。
 
小さい愛は大きい愛より小さいだろうか。
きのうも、そう思った。
 
わたしが死ぬとき、ささやいてほしい。
もう、なにもないですよ。 眠っていいですよ。
 
サイレント・フィルムの空回り。
魂の墓場はどこだろうか。
きのうも、そう思った。
 
映画はいつか終わるものだと思っていた。
きのうまでは。
 
 
 


     

「ひよこの唄」の題字を書きました。               秋亜綺羅

秋亜綺羅の長すぎるつぶやき
12 /05 2010
2010年12月5日(日) 
「ひよこの唄」の題字を書きました。
 
こんにちは。 秋亜綺羅です。
 「ひよこの唄」 という、 わたしにしては短くて、 ちょっとかわいらしい詩を、 サイトウミノルが曲をつけてくれて、 丹野久美子が歌っています。
 
 こんどCDにするので、 ジャケットの題字を直筆で書いてよ。 と頼まれました。 わたしは書家でもないし。 グラフィックデザイナーでもないし。 ええい。 卵のうえに字を書いちゃえ。 あとはコンピュータがなんとかするだろう。 …ということで、写真を撮ってデータを制作者に渡したところです。
 
曲と歌は、CDができて、 許可されればここで紹介したいと思います。
では。 とりあえず。
 
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ひよこの唄
                               作詩/秋亜綺羅
                               作曲/サイトウミノル
作曲・うた/丹野久美子
ギター/サイトウミノル
 
 
ねえ、 抱っこしてよ
軽くでいいよ
わたしは心のなかで
強く抱きしめ返すから
 
寒くもないし
お腹もすいていない
すこし暗いけれど
好きなひとの顔を
見ることができる
さようなら
 
ねえ、 キッスしてよ
もうすこしだけ
ふたりは唾液のなかで
きっと同じ日に死ねる
 
ねえ、 まあだだよ
帰れないかもしれないけれど
青空を泳ぎつづけるよ
好きだよ
きっとあしたも、ね
さようなら
 
 
   

秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅