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手に負えない奴        写真と詩※宮内文子+秋亜綺羅

写真と詩
05 /20 2011
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 こんにちは。秋亜綺羅です。
 写真家の宮内文子と紙上コラボを試みています。
 その第2弾です。
 
 これは現寸にするとA3版です。
 写真と詩を、それぞれに紹介したほうがブログでは賢明なのでしょうが、 
 できたら、写真と詩との距離、空間を感じてもらえたらと思い、
 パソコンのデータのまま、貼付しました。
 訪問された方には失礼な話ですが、
 拡大して見てみてください。
 
 1枚の写真と1篇の詩に意味としての関連性はありませんが、
 ふたつが感じあっていることが、
 ひらめき合っていることが、
 それが、宮内とわたしのときめきになっていることが
 ちょっとでも現れてくれたらいいな。 と思っています。
 
 写真の風景は、とても普通の瞬間なのかもしれません。
 電車の窓からシャッターを切った感じがします。
 風や光や匂い。 これと同じ風景はもう2度とやっては来ません。
 わたしは一瞬、河川敷でしゃがみこむ少女になっています。
 恋人とケンカをして、家出みたいな気分で、
 アパートを飛び出して来たのでした。
 少女に語りかけているのは、風かもしれません。
 風も、逃げた鳥も、2度と同じ場所に戻ることはないでしょう。
 だけど少女はたぶん。 たぶん、一瞬笑って、
 自分の場所に戻って行くことでしょう。
 そう、一瞬です。 
 電車の窓に映るその物語も、一瞬にして去っていくのでした。
  
 2011.05.20
 
 
 
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季刊ココア共和国第6号」 のおしらせ 
 
 
   
 

季刊ココア共和国 vol.6

季刊 「ココア共和国」
05 /13 2011
 季刊ココア共和国 vol.6 は震災に屈し、1か月遅れての発売です。
 遅れを取り戻すほどの必然性もないので、震災を記念して、次号からも遅れたままでいきましょう。

 で。 さっそく得意の宣伝です。 ごめんなサイ。
 季刊ココア共和国は、秋亜綺羅の個人誌です。

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(売切れになっていてもすぐ入荷いたします)
 
 
 
季刊ココア共和国 vol.6
秋亜綺羅(),一倉宏(),吉田義昭(),みゆき(),倉田めば(),寺坂理恵(),とも(),柏木美奈子(編集,イラスト)
 
2011年5月1日発行
 
価格:¥525
 
商品の説明
内容紹介
  詩人・秋亜綺羅による個人季刊誌第6号。
  右開きからが詩。左開きではブログを編集。
  招待詩として6名の詩人が登場します。
  ※
  一倉宏は、「きれいなおねえさんは、好きですか」 などで有名なコピーライター。
  詩を2篇書いてもらっています。 「数字のうた」 は楽しく、だれもが納得できます。
  「詩の書き方を思い出す」 は、30年ぶりに書く詩との葛藤をリズミカルに。
  ※
  詩壇の最前線にいる吉田義昭からは 「先生の休暇」 をもらいました。
  「先生は自殺した。 先生は自殺するために、今日、学校を休まれた。
    きちんとした理由があったので、僕は今日の先生の欠席を、
   この学校の中だけで許していたと思う。」
  ※
  みゆきは 「おじいちゃん」 という詩を。 「寒い冬のトイレで脳溢血で倒れて入院
  したおじいちゃん/お見舞いに行って流動食をスプーンで口に運んであげた
  ら//『どうもありがとうございます』 ってすごく丁寧に言ったおじいちゃん/もう
  私のこともわからなくなってた」。 ギンズバーグっぽい口調で、生と死のすきまに
  滲む、ユーモアのひらめきと、ときめきが冴えます。
  ※
  パフォーマンス・アーティストの倉田めばの詩は 「嘘つきの耳」。 「わたしには舌
  が二枚ある/一枚は噛み切って死ぬために/もう一枚はその時に流れる血を
  味わうために」。
  ※
  寺坂理恵の詩はいわゆるナンセンス詩というわけでもなさそうだけど、わたしは
  やっぱりナンセンスの楽しさを感じてしまいます。 「短い爪を摘む/雨は剥がれ
  て/空を//目の前は青く/静止して//夢みたいだ/つぶやく声は遅れて/
  まぶたのなかへきえる」。 ひょっとすると新しい方法論の詩かもしれないですね。
  ※
  ともの「僕の母」は、ブログで見つけたものです。ともは15歳の女の子。「母のこ
  とを考えると/髪の毛が抜けていきます/爪を噛んでしまいます/体をかきむ
  しってしまいます//母はとってもいい人//僕を 僕を 僕を/僕を 僕を 僕
  を/僕を 僕を 僕を/僕を 僕を 僕を/僕を 僕を 僕を/僕を 僕を 僕を」
  ※
  秋亜綺羅の詩は 「国際風の会議」。 震災以前に書かれたものですが、震災の
  預言書だと騒がれています。 うそです。 騒がれてもいいんじゃないかな、と。 
  ふふふ。 「遠くから視えているのは/波の音波である」 「透明海岸の海には/水
  平線がないのだ」 「事件だけが/海岸にとり残されている」 「火のついた導火線
  が/砂浜を走る」 「壁が消えたので/うわの空とうわの心//疑っているけど、
  信じてる/なにか壊れる音がするのに/信じない」。
  ※
  ブログの編集ページは、秋亜綺羅の 「大震災──仙台から」。
   
著者について
一倉宏=コピーライター、作詞家。 1955年生。 東京都在住。
  著書に 『ユーク』 『人生を3つの単語で表すとしたら』 『ななえがトイレでないたこ
  と』 など。
 
吉田義昭=詩人。 1950年生。 東京都在住。
  詩集に 『海の透視図』 『北半球』 『空にコペルニクス』 『ガリレオが笑った』 など。
  日本クラブ新人賞。
 
みゆき=主婦で詩人。 関東在住。 ブログで詩、童話などを発表。
 
倉田めば=詩人。パフォーマンス・アーティスト。
  1954年生。 大阪市在住。
  霜田誠二主催の 「日本国際パフォーマンス・フェスティバル」 に参加。
 
寺坂理恵=詩人。 1973年生。
  詩誌 「ばらた」 「青」 「の」 同人。
  詩集 『雨を売る男』。 
 
とも=15歳。(おそらく)
  不詳。
   (ともさん。 もしこれを見ていたら連絡をください。 秋亜綺羅)
 
秋亜綺羅=詩人。 1951年生。 仙台市在住。
  名まえは、 40年まえ高校生のとき、 寺山修司がつけてくれたもの。
  角川文庫の 「書を捨てよ、町へ出よう」(寺山修司) に、
  ハイティーン時代に書いた詩 「百行書きたい」 が載っている。
  詩集 『海!ひっくり返れ!おきあがりこぼし!』 (1971)
   
 
目次

  一倉宏 「数字のうた」
        「詩の書きかたを思い出す」
  吉田義昭 「先生の休暇」
  みゆき 「おじいちゃん」
  倉田めば 「嘘つきの耳」
  寺坂理恵 「きえる」
         「朝顔」
        「手紙」
        「白を」
  とも 「僕の母」
  秋亜綺羅 「国際風の会議」    

ブログ=ココア共和国
  秋亜綺羅 「大震災──仙台から」
 
  装丁=柏木美奈子


   

東日本大震災の預言書?

詩画
05 /05 2011
 
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 ちょっとごぶさたしていました。 秋亜綺羅です。
 「季刊ココア共和国」 第6号の編集とか、新しいイベントの企画などをやっていました。
 東北新幹線全線開通の初日には、
 東京・四ッ谷で開かれた、宮内文子写真展も見に行ってきましたよ。
  
 きょうは、横浜にいる新鋭のイラストレーター・小鹿夏との紙上コラボを紹介させてください。
 これは現寸にするとA3版です。
 イラストと詩を、それぞれに紹介したほうがブログでは賢明なのでしょうが、 
 できたら、美術と詩との距離、空間を感じてもらえたらと思い、
 パソコンのデータのまま、貼付しました。
 訪問された方には失礼な話ですが、
 拡大して見てみてください。
 
 小鹿夏の美術が1月にできあがり、わたしの詩は2月に書きました。
 震災の前日、3月10日。 小鹿夏にメールを送っています。
 「小鹿さんに描いてもらった絵に、やっと詩を付けました。
    柏木美奈子がパソコンで編集したので、あす、宅配便で送ります」。
 翌日。 封筒に入れられたこの1枚の詩画が、わたしの机のうえで集荷を待っているときに、
 その歴史的な揺れは起きたのでした。
 ついに配達されずに、2週間も置き去りにされた封筒…。
 なかの手紙も古くなったので書きなおそうと開封しました。 
 見て、われながらドキッとしたのです。
 小鹿夏の絵は、地球を想わせるドームのなかに、また地球があるかのような、
 カラフルだけど、ちょっと不気味な構図。
 そこにはなんと4機の原子力発電所? が火を吹いているのです。
 その絵に付けられた、小さな活字でびっしりのわたしの詩には…
 「これはほとんど預言書ですね」 と小鹿夏からメールをもらいました。
 
 というわけで、どっちにしても、ははは。 です。
 写真で読むには文字が小さすぎるので、改めて…
 
 
 
 
 
国際風の会議
 
                     美術・小鹿 夏
                     詩 ・秋亜綺羅
 
  
 
暗くて白い部屋である
おそらく牧場ではなく
遠くから視えているのは
波の音波である
 
いらっしゃいませ
一名様
闇のパーティーお越しです
 
透明海岸の海には
水平線がないのだ
水溶性の砂浜で
世界にあらんかぎりの
文字を
潮干狩る
文字は道具だが
ことばは事件である
事件だけが
海岸にとり残されている
 
火のついた導火線が
砂浜を走る
行き先を追いすがっても
風の風景が風のなかに
視えるばかりだ
 
水平線がないので
遠近法もなく
 
世界じゅうの風が集まる
国際風の会議では
地球という名の鳥かごに
飼育された
羽のない人類のことが
議題にあがるだろう
 
遠近法がないので
壁を感じない
 
人類は発狂する生物だ
人類は死ねないのではない
 
この二点から見い出される
日和見月見な結論
 
とんぼが跳ねて
かえるが飛ぶとき
やごとおたまじゃくしが
とんぼがえるとき
きつつきとうそつきが
月見するとき
 
哲学者は新しい思想と
普遍性をつくりだし
詩人がそれを
かたっぱしから壊していく
人類は地球一の馬鹿だ
 
壁が消えたので
うわの空と、うわの心
 
疑っているけど、信じてる
なにか壊れる音がするのに
信じない
 
真実はひとつだなどと信じてる
ひとつはふたつより大きい
などとは信じない
 
うわの心は
ふわりふわり
 
りんごにしてみれば
地球のほうが勝手に
りんごに向かって
落ちてくるわけだ
 
あやつり人形に
あやつられているのは
だれだろう
 
ふわりふわり、しゃぼん玉
破裂すれば消滅する
 
火のついた導火線は
消すことなどできないだろう
 
人類は消滅する生物である
 
破裂するのはなんだろう
どこに消えていくのだろう
 
魂の墓場はどこだろう
 
人類の故障はなおせるか
国際風の会議は採択したぞ
 
人類よ
肺炎で熱を出した?
出すんじゃないよ
 
人類よ
おなかが減った?
減るんじゃないよ
 
人類よ
天気が晴れない?
あしたは晴れるべきだ
 
 
       

秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅