fc2ブログ

わたしのマンションは 「半壊」 の認定でした。

大震災──仙台から
07 /14 2011
イメージ 1
 
イメージ 2
 
 
7月14日(木) 午後11時00分
 
 ずいぶんブログをサボっていた、秋亜綺羅くんです。
 震災発生から4か月が過ぎました。
 
 わたしが住んでいるマンションは、罹災証明で 「半壊」 ということになりました。
 みなさんの気もちがこめられた義援金を、すこし分けてもらえるそうです。
 ありがとうございます。
 
 職場のビルのほうは、これから罹災届を出して、銀行などから融資を受けて
 修繕に入ることになりそうです。
 
 そんなこんなで、事務的な手続きをしていたり、
 季刊ココア共和国第7号の編集をしていたり、
 あ。 そうそう。 震災後はじめて詩をひとつ書きました。
 
 震災があってから、数えきれないくらいのたくさんの方から
 お見舞いのメールや、お手紙をいただきました。
 それから、宅配便などで直接の支援物資もいっぱいいただきました。
 事務所に訪ねていらっしゃってエールを送ってくれるひとたちも多く、
 ほんとうに、ほんとうにありがとうございます。
 そのほとんどは、このブログや、メールや、ツイッターで知り合った方です。
 
 上の写真は、わたしの友だちで詩人の橘田活子の
 そのお友だちという、3人のお嬢ちゃまたちからの
 応援のお手紙と、絵です。
 実はまだ、お返事が書けていません。
 ごめんなさい。 必ずお手紙しますからね。
 
 3月11日以降のメールは、数がありすぎて、
 まだちゃんと整理しきれていません。
 広告や、迷惑メールも混じっているし、
 ブログやツイッターを見てくれたお見舞いのメールは、
 信じられないくらいたくさんです。
 ありがとうございます。 必ず返事をします。
 
 つい先日は横浜から、kayoさんと、kayoさんのおかあさんが
 遊びに来てくれましたよ。
 kayoさんのおかあさんというのは、このブログでもよく紹介している
 写真家の宮内文子です。
 
イメージ 3
 
 ところで、先日、仙台の街に行きましたら、
 わたしが好きだったかまぼこが売られていました。
 
 このかまぼこ屋さんは、海辺の閖上という町にあり、
 本社も工場も津波で流されちゃったのでした。
 
 店員に聞くと、会社が大きくなる前に社長が立ち上げた
 昔の小さな工場が残っていて、そこでつくりはじめたのだそうです。
 
 いちから手作りのかまぼこです。
 仙台名産の 「笹かまぼこ」 の前身で、「てのひら」 といいます。
 手の平で、1枚1枚かたちにしているものです。
 
 うれしくなって買っちゃいました。
 支援物資をくださった方たちにもおすそ分けしようと、
 宅配便でお送りしました。
 
 にこにこほほ笑みながら売ってくれた、可愛い女子店員さんは
 閖上に住んでいたらしく、
 家はどうしたの? と聞いたら、
 流されちゃいました。 とこたえました。
 「でも、工場では数名のひとが死にました。 そのひとたちのためにも、
   こうして買ってくださるお客さんがいらっしゃることが、
   いちばんうれしいです」
 と言っていました。
 
 それぞれが、みんな、歩きはじめています。
 
 
 
 ココア共和国
 秋亜綺羅





 ツイッター! フォローし合いませんか? →秋亜綺羅 
● 季刊ココア共和国第6号」 のおしらせ 


 
 

このブログは、がれきのひとかけらなのです。

秋亜綺羅の長すぎるつぶやき
07 /03 2011
2011年7月3日(日) 
 
 こんにちは。 秋亜綺羅です。

 「図書新聞」 (7月9日付) の 「同人誌時評」 欄に、たかとう匡子が 「季刊ココア共和国」 をとりあげてくれています。
 部分的に引き抜いて、意見をいうのも失礼なので、全文引用します。
 
 
   「ココア共和国」 第6号(あきは書館) の秋亜綺羅 「気づくと世界的な、歴史的な大震災のまった
  だなか──仙台から」 は三月十三日から地震発生十八日目にあたる三月二十八日までの現場の
  報告。 貴重な記録だと思うが、テレビやラジオの即時性とどこで差別化していくかが大事だろう。 む
  しろ言葉はその前と後ろから見つめる態度も必要な気がする。
 
 
 というものです。
 「テレビやラジオとの差別化」 が大事。 と書かれていますが、 ブログがブログであること自体で、差別も区別もされちゃっています。 わたしがTV局やラジオ局をつくるお金がないのでブログをやっているのでもないし。 新聞社をつくるかわりに 「季刊ココア共和国」 を発行しているわけでもないので、これ以上差別しようがありません。 というより、「ココア共和国」 は、テレビやラジオといっしょに見えますでしょうか?
 
 最初TVの解説者たちは、放射能は安全だと言いながら、ツイッターやブログでの、デマや風評に惑わされないように。 と、偉そうに忠告していました。
 そのころツイッターやブログでは、メルトダウンはとっくに起きている。 という書き込みが多かったですよね。
 
 こんどの大震災と原発事故で、政府の発表より、TVの学者の見解より、風評のほうが100倍正しかったことがわかっちゃいました。

 台本家が書くような新聞記事や、演出家がつくるようなTVニュースより、現場と対峙している個人の携帯電話からの、小さいレンズと指先からのメッセージのほうがずっと、ずっとニュースの本質であったと思うのです。
 
 わたしのブログも、そのひとつにすぎません。 被災地をおおっている、がれきのひとかけらにすぎません。 無数のそれらから、適当にひろい集めたほうが、真実が見えてくることを、若いひとたちは知りつつあるのです。
 
 象を遠くから見て、大きいな。 鼻が長いな。 というひとと、象の鼻が長いことも知らないけれど、象にさわって、ごつごつしてるな。 これが象の匂いか。 という盲目のひととでは、どちらが象を知っているといえるでしょうか。
 
 いま、盲目の指導者、盲目のマスコミ、盲目の文化が、求められているのかもしれません。 そして、ツイッターやブログを書くひとたちは、自分たちが、盲目であることをやめてはいけないと思うのです。
 
 
 
 
 
 
   ツイッター! フォローし合いませんか? →秋亜綺羅 
季刊ココア共和国第6号」 のおしらせ 
 
 
   

秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅