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原子力                      秋亜綺羅

05 /02 2012
 お久しぶりです。
 お久しぶりはもはや、このブログの常套句です。 な。
 
 日本国では、民主党のおエラい立場の方々が地方を訪ね、原発の安全性を説いて歩いています。 科学者でもないひとたちに言われたくない。 という感情も、まぁ納得できます。…
 
 だけど、問題はそういうことじゃなくて、考えてみると。…
 もし、日本に政権交代がなく、自民党政権のままで昨年の原発事故が起きていたとしたならば…。 野党のはずの、この民主党のおエラい政治家たちは、それでも原発の安全を国民に訴えていたでしょうか。
 
 たぶん、真逆でしょうね。 原発廃止論を必死に訴えていたはずですよ。 あのおエラい民主党の政治家たちは。…
 
 立場によって、ころりと変わるゲームですからね、政治は。 だから、政治は面白いわけです。 オセロゲームみたいなものです。 政治家は、政治を思い切り楽しんでもらえばいい。
 
 でも、ですよ。 サイコロを転がしてゲームするのはいいいけれど、「原子力」 までサイコロにして、転がされても困っちゃうんですよ、ね。 危ないからさ、原発を転がしたりしないで、よ。
 
 幼い子どもにガスライターをあずけるより、何100万倍も危険です、ぜ。 消火方法も知らないような究極の火遊びは、やめにしようよ。
 
 
 
 
 
 
 原子力                            秋亜綺羅
  
 
    「コンピュータ文明」 についての研究会があってわたしも呼ばれた。
 そのあとパーティーがあって、
    「コンピュータを欠かせない仕事をし、最先端のソフトで編集をしている、
     詩人でもある秋亜綺羅さんに、コンピュータの未来を話していただきましょう」
 とばかり、わたしに急に振られたわけだ。 ビールもちょっと入っていたし、
 あいさつなんて準備もしていなかったし、渡されたマイクをつき返して、
 わたし自身、なにをしゃべりだすかわからないまま、
 即興の詩のボクシングのつもりで、つぶやいてみた。
 
 コンピュータなんてないほうがいいに決まっている
 都会に建築物なんてないほうがいいに決まっている
 伝達のためのことばなんてないほうがいいに決まっている
 生きていくのに数字なんてないほうがいいに決まっている
 楽譜と指揮棒に命令される音楽なんてないほうがいいに決まっている
 
 ひとは生まれた瞬間、死にたくないとは思わなかった
 ひとは生まれた瞬間、生きることがうれしいとは思わなかった
 ひとは生まれた瞬間、裸であることを恥ずかしいとは思わなかった
 
 抱きしめておっぱいをくれるお母さんを好きだと思いはじめたのはいつか
 あしたがあるんだと思いはじめたのはいつか
 好きなひとに死んでほしくないと思いはじめたのはいつか
 
 文明に管理されたいなんてだれも思っていない
 経済学に身を任せたいなんてだれも思っていない
 時代が量子力学に塗れているなんてだれも思っていない
 
 津波にだいじなひとや家を流されて
 それでも、海を憎んでいるひとに会ったことがない
 海とひととその物語は、千年に一度の震災ですら例外ではなく
 海とひととその物語は、いとおしく、せつない
 
 ひとは俳優でしかないのだろうか
 地球は劇場でしかないのだろうか
 
 劇場のなかの俳優には
 シーベルトなんて、ベクレルなんてさわれない
 台本として渡されたセシウムにも
 ストロンチウムにも毒を感じない
 
 だが、コンピュータですらできる政治
 だが、コンピュータでしかあやつれない原子力
 
 政治にも原子力にも
 いとしさと、せつなさが
 これっぽちでもあっただろうか
 
 と。
 
 
 
 
 
「季刊ココア共和国第9号」 のおしらせ
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秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅