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第22回丸山豊記念現代詩賞を秋亜綺羅 『透明海岸から鳥の島まで』(思潮社) がいただけるそうです。

詩集/透明海岸から鳥の島まで
03 /29 2013
──わたしは詩人の・・・・・です。
──詩人の、って。 あの、詩? ですか?
──はい。 いちおう、・・・・・賞ももらっていますし…。
──へえー。 詩人でも賞を取るとうれしいんですね。
   学者もノーベル賞だとかといってはしゃいでいるし、ね。
   詩人くらいには、そんなものいらないって言ってほしいですねぇ。
──……
 
 と。 どうしてか、秋亜綺羅詩集 『透明海岸から鳥の島まで』(思潮社・2012.08) が、第22回丸山豊記念現代詩賞をいただけるそうです。
 学者とか文学人にとって、ひとつのことを研究・追究することと、賞をもらうことでは、確かに次元を別にして考える必要があると思います。 さっきまで出来なかったことに挑戦することの目的は、他人(ひと)に誉めてもらうためではないでしょう。
 
 賞をもらうということはいささか気恥ずかしいけれど、やっぱりうれしいかな。 とくにこの丸山豊記念現代詩賞は、福岡県の一都市である久留米市が、全国の詩集を対象に選ぶという、壮大なスケールをもった市民の、文化を大切に考える心がこもったものです。 しかも応募制の詩人賞が多いなかで、丸山豊記念現代詩賞は応募制ではありません。 応募してまで賞が欲しいのかよと、自問自答する詩人は多いと思うのです。
応募となれば、自らほかの詩人たちと競争しますという宣言を意味します。 そんなことをさせない、久留米市の配慮も感じられます。 それらの意味で、わたしは最高の賞をいただいたと思っています。 最高の誇りを感じています。
 
 
 
 
第22回丸山豊記念現代詩賞受賞のことば(記者発表全文)
                                        秋亜綺羅
 
 畏敬する丸山豊先生のお名まえの賞をいただくことになりました。 わたしは六十二歳になったいまでも、ことばの海をうまく泳ぐことができず、溺れそうになりながら、もがき続けています。 そんなわたしにこのような名誉が、突然舞い降りてきたのでした。 藁をもつかみたい溺れる者に、重い、重い名誉がのしかかってきたのであります。
 丸山豊先生の詩に 「詩人」 というタイトルの短い散文詩があります。 「詩人は 画家 僧侶 駅長 キャベツ 幼児 水夫ではない。 寺院のような揺りかごのような住所をもたない。 詩人はほとんど言葉を持たない。 そしてたぶん 画家 僧侶 駅長 キャベツ 幼児 水夫である。 走ってゆく光をおそれるように ただひとつの言葉をおそれ その言葉によって生き その言葉のために一歩前へすすむ。」 (詩集 『水上歩』)  というものです。
 たとえば今回受賞したわたしの詩集の中の 「猫うつしのキッス」 などは、明らかにこの詩の影響を受けています。 なぜ 「キャベツ」 なのか。 「水夫ではない」 がどうして 「水夫である」 と等しいのか。 この一見ナンセンスに見せる逆説の方法を乗り越えようと試みるわけだけれども、壁にぶつかってしまうのです。
それは 「丸山豊」 という名の巨大な壁なのだろうと思います。 新しくないものは古くもなれないというけれど、丸山豊先生の詩は残念ながらまだ新鮮で、現代詩にとってまだ誰も乗り越えていない壁なのだと考えます。
さて、わたしの受賞詩集の中に 「津波」 という詩があります。 大震災直後 「進入禁止」 の立看板を無視して、一面が水田だったはずの場所に二日間しゃがみ込んでいました。そこには、流されてきた屋根、自動車、大木、船たちが共存していました。 どんな現代美術だって不可能だろう、そんなスケールのドローイングでした。悪いけれど、感動するしかありませんでした。
新聞記者ならば現場に行って取材メモをとるのが仕事であるように、わたしは詩人として取材し、詩を書くつもりでいました。 だけどその二日間、ことばはひとかけらすら浮かぶことはありませんでした。 ただただ意味もなく、涙は止まらないのでした。悔しいだとか、悲しいだとかじゃないのです。
 「たとえばひとりの幼女が交通事故に遭って、倒れたまま自分の血で 『おかあさん』 と、アスファルトの上に書いたとする。 その五文字より衝撃がないものを、詩とはいえないでしょ」 などと、それまでわたしは粋がって話していました。 だけど被災の地には 「おかあさん」 の五文字がいたるところ、どちらを見回しても、現実として存在したのでした。 現実の 「おかあさん」 は強烈でした。
家に戻ってからも二か月ほど、詩を書くことはできませんでした。 その間、信じられないほど悲惨な事実を、多く耳にしたりしました。 わたしはもう詩を書くことなどないんじゃないか、と思ったりしました。
だけどある日、ぽつりと、ことばが出てきたのです。 あの二日間を、わたしの脳がことばにし始めたのです。 詩をつくり始めたのです。 わたしの脳には、まだ流されずに残っていたことばがあったのです。
それは寒くて真っ暗い夜、数日ぶりに電気がついた瞬間。 水がなく即席ラーメンすらそのままかじっていた食事どき、蛇口から二週間ぶりに水が落ちてきた瞬間。 一か月ぶりに都市ガスが来て、風呂に入れるぞと叫んだ瞬間。 それらと同じくらいに、それはうれしい瞬間でした。
わたしは 「津波」 を一気に書きました。 この詩は長ったらしく、一人称(わたし)が次々と変わるので、学校の国語の授業的には、駄作の見本となることでしょう、たぶん。
一人称(わたし)が、恋人を見失った青年だったり、一匹の金魚だったり、がれきだったり、ままごとをする子どもだったりと、勝手気ままに変化していくのです。 だけどわたしは、これでいいんだと自分にいい聞かせました。 これは小説じゃないのだから。 いや、詩である必要だって、ないじゃないか。
 「津波」 では 「太陽がいっぱい!」 ということばが連呼されます。 四〇年以上もまえ、寺山修司先生の朗読劇 「書を捨てよ、町へ出よう」 で、東京に家出して来た全国の高校生たちが全員で叫んだことばです。 家出と津波とではまったく違うけれど、目のまえがなく、目のまえのことしか考えられないとき、叫ぶのです。
 「太陽がいっぱい!」
選考してくださった清水哲男先生、高橋順子先生に深謝いたします。 そしてなによりも!  「現代詩」 という、 「生活」 というよりどちらかといえば 「学術的」 と思われがちな芸術分野に対して、このように全国的な壮大な視野を持たれる久留米市民のみなさんに、激烈に敬意を表したいと思います。

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この情報をみなさんの力で拡散願います。

ココア共和国
03 /25 2013
みなさんにお願いがあります。
この情報をみなさんの力で拡散願います。

本日、今も福島原発で働く東電社員と懇談してきました。
驚愕の事実が分かりました。
...

東電社員及び家族の補償の打ち切りが決まったそうです。
昨日説明会があったそうです。
説明会は紛糾し、会社からは異議があれば裁判を起こせばいいだろうと言われたそうです。
また、説明会の資料は外部に絶対に公表しないように言われたそうです。
福島原発で働く社員の多くは警戒区域に住まいがありました。
いわば町の人間なのです。
補償の打ち切りの理由は、借り上げ住宅が借りられたのだから
精神的苦痛はないとのことでした。
彼らは住まいを奪われ、家族を失いながらも、あの震災当日に命を削りながら働いた人間達です。
そして、これからの福島原発の収束を支えていく人間でもあります

10月に家族分については補償すると約束したのは東京電力です。
しかし、2ヵ月もしないで反故にしたのです。
彼らも被災者であることは明白です。
いうなれば被災者への侮辱になるのです。

私の友人は本気で会社を辞めると言っていました。
怒りよりも悲しいと・・・・
何の為に今まで頑張ってきたのか分からないと
自分はまだしも家族まで補償されないことがつらいそうで、離婚をしてなんとか家族だけでも救えないかとも考えていました。
彼らは原発設備のプロです。彼らの尽力なくして原発の収束はありません。
想像してください。やる気もなく、会社に恨みのある人間が原発を扱うことを。
彼らは原発をメルトダウンさせることもできてしまうくらいの知識はあります。

私が恐れていた事態が起きてしまいました。
東京電力に断固抗議します。

また、広野独身寮(通称Jビレッジ寮)を東京電力は仮設住宅並みの設備を整えていると言っています。
うそです。スーパーハウスを安っぽくしたプレハブ寮です。
風呂もシャワーしかありません。トイレは仮設トイレです。車の持ち込みも禁止。
人間が暮らす最低限度しか整っていません。
そこに友人が何十人といます。
今日あった友人は顔つきが依然の顔とはかけ離れていました。

そして皆が命を張った結果がこれかと、なかば頭がおかしくなっています。
東京電力社員で高給与なのは、上の人間だけです。
原発は地方採用の人間(高校卒)がおもです。
30代で400万ほどの年収です。
命を削り、人間的生活ができず、会社の上層部の判断により起きた原発事故で
生活を失しなった人達が、これしかもらえてないのです。

こういった人間が何百人もあの福島原発にいるのです。
彼らが辞めたら、原発の知識も薄い人間が福島原発を収束していくことになります。

改めて、東京電力という会社の暗部を知ったしだいです。

彼らは給与という足かせにより、強制労働させられているといっても過言ではないでしょう

私は今までの投稿で拡散希望など書いたことはありません。
しかし、今回の件については怒りを禁じえません。
お願いです。彼らを救うきっかけになる可能性を信じ拡散願います
断言します。近い将来このままでは福島原発は最悪の結果が訪れます。
社員を守らない会社に未来はありません。
会社が社員をかえりみず、会社の存続だけを考え、最低責任である補償すら果たさないのであれば、それは破滅を加速するだけです。

もう一度言います。
東京電力は命をかけた人間に、いやなら裁判を起こせと言いました
これ脅しですよね。

友人はそれでも「頑張る」と言いました。
私は悲しくなりました。
「頑張らなくていいよ」と言いました。
とても切ないです。

たった2年でこれです。あと東電試算でも廃炉までに35年かかります。
どうかよろしくお願いいたします。
みなさんのお力を貸してください。

福島原発で働く人より。

転載元
転載元: 幸せの青い鳥

秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅