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伊藤文恵が仙台を動詞にした。

詩の朗読
05 /27 2013
2013年5月25日(土)、伊藤文恵が仙台を踊った。ぞ。
仙台・定禅寺通り、国分町を終日踊りつづけた。

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一+一は!
秋亜綺羅
 
  
空気が踊ると風を感じるよね
空気が眠れば気配を感じる
気配はもうひとりのぼくだとおもう
一緒に歌って笑ってた、きみのこと
 

涙がとまらなければ
金魚と友だちになろうよ
金魚は悲しくても
涙を流すことができない

ガラスの部屋でうずくまるきみは

壊れたこころを癒し終わって
ガラスを壊すときが来るだろう
だいじょうぶ、こわいけれど

ぼくはいつも一緒だから

ひらめきと、ときめきさえあれば

生きていけるさ
 
だけどあるときは、ぜんぶ裸になって
あるときは派手なコスプレをして
みんなの前に現われる
そんな勇気がいるのかもしれないね
 

これからぼくたちが向かうだろう
水平線だって波立っている

この場所と時間だけがいまのぼくたち
ふたりで写真を撮ろうか
 


                                                      英語版*本堂とみ訳






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丸山豊記念現代詩賞贈呈式の新聞記事から

詩集/透明海岸から鳥の島まで
05 /19 2013
こんにちは。 秋亜綺羅です。
日曜の午後です。
 
先週の土曜日 (2013.05.11) にあった、丸山豊記念現代詩賞贈呈式の翌日の新聞記事のスクラップを
久留米市から送ってもらいました。
 
記者によって取り上げる部分が違うのが面白かったので、紹介します。
著作権にかかるかな? スクラップだから、いいよね。
 
 
 
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 歳のくせに、久留米でいささか暴れたので、いままで休んでいました。 お世話になった方々へのお礼状すらまだで、ちょっと焦っているところです。
 
 
 
 
 
 
 
 

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丸山豊記念現代詩賞贈呈式で朗読しました。

詩集/透明海岸から鳥の島まで
05 /13 2013
 
2013.05.11(土) 福岡県久留米市 石橋文化会館
ギター・橋口武史
舞踏・伊藤文恵
詩・秋亜綺羅 
 
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九十九行の嘘と一行の真実
                        秋亜綺羅
 
 
九十九行の心電図に異常はない
九十九行の嘘と一行の真実という名の詩は、ラブレターである
たぶん
 
毎日長いキスをして、唾液と唾液が絡まって、相手の血液に自分の唾液が入り込む。
そんなことを繰り返していると、いつかふたりは、同じ日に死ねるんじゃないか、って思ったりする。
 
目を閉じると暗闇が出来るでしょ
その暗闇のなかで
目のなかの目を閉じるんです
 
ほら
暗闇のなかに
暗闇が見えるでしょ
 
暗闇って
かたちがあって
わりと明るい場所だよね
 
レモンスカッシュに溺れている紋黄蝶や
グラスには上半分の夕日と下半分の赤ワイン
金魚鉢のなかの水平線は波立っている
 
透明海岸の海では
水溶性の映画が上映されていて
遠近法が使用されることもなく
一行の真実はここにはなく
光る稲妻のようにやまびこが走っている
走っていない
 
やまびこというのは
新幹線ができる前からある盛岡ゆきの特急電車の名まえですよ
 
去ってゆく君の五月の七度めの休日日没(おわり)みちのくへの帰(岐)路
傷選ばず乗せては帰るやまびこの旅始まれば音沙汰未遂
旅がらす漂い着きし鳥の島立つ鳥あとをとりつく島なく
もはや逢えず一枚二枚アパートにて想い着物は三枚四枚
禁じられし淋し白地図住所録伝言板大学ノート
きのうまで船乗りだった君いま逝き棚の海図を風の音(落と)して
たどり着く島さえあらずと無線打つ一本の風のたよりなき糸
呪うこと想い出すこと笑うこと腕立て伏せをきょうは九回
 
狼が来た
嘘だよ
 
 
 
 
 


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現代詩手帖5月号 「ちょうちょごっこ」 秋亜綺羅

秋亜綺羅の長すぎるつぶやき
05 /05 2013
 
2013年5月5日(日)

 ごぶさたしてますは飽きたので、おはようございます。 秋亜綺羅です。
 
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 「現代詩手帖」 5月号に、第22
回丸山豊記念現代詩賞受賞第1作として、 「ちょうちょごっこ」 という詩を載せてもらっています。
 
 わたしはいま62歳。 詩を書きはじめたのが18歳でした。 いつもわたしが想定する読者といえば、いまのわたし自身か、18歳のときのわたし自身かの、どちらかです。
 
 今回の 「ちょうちょごっこ」 では、「わたし」 でなくて、「ぼく」 が1人称です。 「ぼく」 は18歳のわたしです。 で、「きみ」 は、「ぼく」 の恋人という仮定です。
 
 「きみ」 は津波で死んだのか、自殺したのか、病死かもしれないけれど、おそらく死んでいます。 津波を思わせる記述もありますが、津波とか震災である必要はないと思います。 2万人死んだから大事件ではあるけれど、好きなひとが死ぬことや、自分自身が死ぬことより大きい出来事だとは限りません。
 
 「ちょうちょごっこ」 では、恋人が残した泥だらけで、ぼろぼろになったぬいぐるみを、いつも抱っこしているという 「ぼく」 の物語です。 タイトルは 「ちょうちょごっこ」 ですが、「ぼく」 と 「ぬいぐるみ」 は 「ぼろ雑巾ごっこ」 をして遊んでいるのでした。
 
 ふつうに行分け詩で、6ページに及ぶあいかわらず長ったらしい詩ですが、その中に3か所ばかり、散文が含まれています。
 その、散文の部分だけ紹介します。 もし、ぜんぶ読みたい方がいらっしゃれば、本屋さんへ。 ふぅ、長いCMでした。
 
 
 
国語の時間に「幸せってなんだろう」という題で作文をしなさいと先生がおっしゃった。きみがトイレに立つとぼくも追いかける。女子トイレから水が流れる音がかすかに聞こえるとき、ぼくは男子トイレで放尿する。きみのおしっこと、ぼくのおしっこが下水管でいま、いっしょになっているのかと想像すると。なんだろうと、思う
 
 
国語の授業で作文があった。ことばは意味を伝達するからことばなんですよと、先生はおっしゃった。あなたみたいに、わけのわからないことばかり書いても、ことばとはいえないですよ、と。そこでぼくは質問した。先生!「永遠」ということばは、永遠の意味を伝達していますか
 
 
きみの影が椅子から立ち上がるとぼくの影も追いかける。ふたりの影たちはおたがいの影を見つめている。ねえ、そばにいてよ。そばにいてあげるから。影たちは話している。ことばに意味なんてあるだろうか。影と影が重なる場所に、きみとぼくはいない。幸せってなんだろう
 
 
                                                 英語版*本堂とみ訳




 

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秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅