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お祭りTOSHI の写真と秋亜綺羅の詩/ひとは噓をつけない

写真と詩
08 /29 2013
イメージ 1


 こんにちは。 秋亜綺羅です。
 久しぶりに詩画をつくってみました。
 写真家・お祭りTOSHI のコラボです。

 いままでは絵や写真に、詩をつけることが多かったのだけれど、今回は逆で、詩をまずつくり、それを読んでもらってから写真家に写真を撮ってもらっています。

 右下のQRコードをスマホなどで読み取ると、藤川みちるが詩をうたってくれます。
壮大なスケールの写真を見ながら、自分の詩を聴きます。 そんな自己満足の時間をしばらく、過ごせそうです。

 宮城県詩人会詩祭の詩画展の一部として、9月1日~16日、仙台文学館に展示される予定です。

 パソコンなどで、歌を聴きたい方は、こちら

 
  写真 お祭りTOSHI
  詩 秋亜綺羅
  作曲・歌 藤川みちる
  録音 伊達泳時
  編集 柏木美奈子






「ひとは噓をつけない」  
                      秋亜綺羅
 
  
オモテは裏にとってみれば
裏なのかな
 
ぼくの影にとってみれば
ぼくは影なのかな
 
行方不明になれる権利とか
死ぬのが惜しいとおもう夜とか
もうひとりのぼくと喋れる糸電話とか
ぼくが欲しいものはたくさんある
 
ぼくを一本持って
鉛筆は詩を書いている
 
ことばは反則も場外乱闘もできない
「反則」も「乱闘」も辞典の中にあるんだ
 
籠の中から青い鳥を放してあげようか
青い鳥は黒い青空を舞ったあと
巨大な鳥に食べられるだろう
 
食べられながら自由を感じるんだ
自由は巨大な鳥を食べるんだよ
 
真実があるから
噓があるんだよね
 
ひとは噓をつけない
だって真実なんて
辞典の中にしかないのだから








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宮内文子の写真と秋亜綺羅の詩/1+1 は!

写真と詩
08 /28 2013
イメージ 1


 こんにちは。 秋亜綺羅です。
 久しぶりに詩画をつくってみました。
 写真家・宮内文子とのコラボです。

 いままでは絵や写真に、詩をつけることが多かったのだけれど、今回は逆で、詩をまずつくり、それを読んでもらってから写真家に写真を撮ってもらっています。

 右上のQRコードをスマホなどで読み取ると、藤川みちるが詩をうたってくれます。
感涙しそうな素敵な写真を見ながら、自分の詩を聴きます。 そんな自己満足の時間をしばらく、過ごせそうです。

 宮城県詩人会詩祭の詩画展の一部として、9月1日~16日、仙台文学館に展示される予定です。

 パソコンなどで、歌を聴きたい方は、こちら
 

  写真 宮内文子
  詩 秋亜綺羅
  作曲・歌 藤川みちる
  録音 伊達泳時
  編集 柏木美奈子







「1+1 は!」
                     秋亜綺羅
 
 
空気が踊ると風を感じるよね
空気が眠れば気配を感じる
気配はもうひとりのぼくだとおもう
一緒に歌って笑ってた、きみのこと
 
涙がとまらなければ
金魚と友だちになろうよ
金魚は悲しくても
涙を流すことができない

ガラスの部屋でうずくまるきみは
壊れたこころを癒し終わって
ガラスを壊すときが来るだろう
だいじょうぶ、こわいけれど
ぼくはいつも一緒だから

ひらめきと、ときめきさえあれば
生きていけるさ
 
だけどあるときは、ぜんぶ裸になって
あるときは派手なコスプレをして
みんなの前に現われる
そんな勇気がいるのかもしれないね
 
これからぼくたちが向かうだろう
水平線だって波立っている
この場所と時間だけがいまのぼくたち
ふたりで写真を撮ろうか







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藤川みちる/1+1は!/ひとは嘘をつけない

詩の朗読
08 /13 2013



こんにちは。 秋亜綺羅です。
 仙台在住の女優であり、劇作家、詩人の藤川みちる(21)が、わたしの詩に曲をつけて歌ってくれました。

 これは、9月16日(祝)14時~、仙台文学館で開かれる 「宮城県詩人会詩祭」 で、秋亜綺羅の朗読に挿入歌として入る予定のものです。(宮城県詩人会詩祭)
 わたしが朗読するつもりの詩は 「ちょうちょごっこ」(「現代詩手帖」5月号)。 藤川みちるが歌う挿入歌は、「1+1は!」(朝日新聞5/14夕刊) と、「ひとは嘘をつけない」(東京新聞5/25夕刊)。

 「1+1は!」 と 「ひとは嘘をつけない」 は、伴奏がいっさいない。 PAも音響もなく、藤川みちるの手探りの音感だけが頼りです。 まして、ふつうの楽曲みたいに、曲に詩をつけたものでもなければ、音楽向けのリズムも韻も、詩は考慮していません。
もちろん一番、二番…といった作詞のかたちなどありません。

 わたしが藤川みちると打合せをしたことは、ひとりごとのような詩の囁きが、気づくと、ことばが音になっている、という感じ。 音楽はややもすると大衆を慰めたりするのに使われるけれど、今回の場合、自分のために囁くこと。 聴くひとが存在したとしても、それはひとりであること。 好きなひとの耳元で気持ちを込めて歌うだけで、じょうずに歌おうとしないこと。

 この歌を聴くひとは、たぶんパソコンやスマホなどが多いと思うのだけれど、少女がひとりでこっそり歌っているところを、自分だけ聞いてしまった、みたいな感覚がしたら、成功です。 詩なんて、こっそり書くわけですが、たまたまそれを見てしまうひとがいる。 それでいいんだ、と思うのです。

 ところでいま、このふたつの詩と歌を使って、詩画を制作しています。 詩画といっても写真と詩です。 写真は 「1+1は!」 が宮内文子、「ひとは嘘をつけない」 はお祭りTOSHI にお願いしています。 詩画に印刷されたQRコードをスマホで読み取ると、藤川みちるの声を聞きながら、写真を楽しむことができます。 近く公開できると思います。



「1+1 は!」
                     秋亜綺羅
 
 
空気が踊ると風を感じるよね
空気が眠れば気配を感じる
気配はもうひとりのぼくだとおもう
一緒に歌って笑ってた、きみのこと
 

涙がとまらなければ
金魚と友だちになろうよ
金魚は悲しくても
涙を流すことができない

ガラスの部屋でうずくまるきみは

壊れたこころを癒し終わって
ガラスを壊すときが来るだろう
だいじょうぶ、こわいけれど

ぼくはいつも一緒だから

ひらめきと、ときめきさえあれば

生きていけるさ
 
だけどあるときは、ぜんぶ裸になって
あるときは派手なコスプレをして
みんなの前に現われる
そんな勇気がいるのかもしれないね
 

これからぼくたちが向かうだろう
水平線だって波立っている

この場所と時間だけがいまのぼくたち
ふたりで写真を撮ろうか






「ひとは噓をつけない」  
                      秋亜綺羅
 
  
オモテは裏にとってみれば
裏なのかな
 
ぼくの影にとってみれば
ぼくは影なのかな
 
行方不明になれる権利とか
死ぬのが惜しいとおもう夜とか
もうひとりのぼくと喋れる糸電話とか
ぼくが欲しいものはたくさんある
 
ぼくを一本持って
鉛筆は詩を書いている
 
ことばは反則も場外乱闘もできない
「反則」も「乱闘」も辞典の中にあるんだ
 
籠の中から青い鳥を放してあげようか
青い鳥は黒い青空を舞ったあと
巨大な鳥に食べられるだろう
 
食べられながら自由を感じるんだ
自由は巨大な鳥を食べるんだよ
 
真実があるから
噓があるんだよね
 
ひとは噓をつけない
だって真実なんて
辞典の中にしかないのだから





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秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅