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梅津和時・秋亜綺羅・伊藤文恵ライブが終わりました。

詩の朗読
10 /16 2013
 こんにちは。 秋亜綺羅です。

 10月11日(金)夜、仙台市青葉区立町にあるライブハウス・サテンドール2000で、梅津和時(サックス)・秋亜綺羅(詩)・伊藤文恵(舞踏)ライブがありました。 リハーサルなど一切なく、3人が出会って15分後にはゴング。 2時間に及ぶ、激しく、せつない?! 祭りは終わりました。 お祭りの後はふつうむなしいものだけど、この夜ばかりは余韻がさめやらないままで、日付変更線をわたることができました。

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 3人はそれぞれ互いのパンチを受けとめながら、自分の個性と技術の限界を出し切ったように感じました。
 いささか狭い会場は、超満員。 詩人の一方井亜稀、藤川みちる、伊達泳時、高橋泉、エンタテイナーの日野修の顔も見えました。
 写真を撮ってくれたのは、横浜から来てくれた写真家・宮内文子。
 
 ビデオも撮影していたので、公開されたらまた報告します。




あやつり人形
 
完璧な暗闇で目をつむると
水溶性の映画がやってくる
世界でいちばん明るい場所がそこにある
 
マッチを擦って煙草に火をつけた
瞬きすれば使い捨てガスライターの時代が使い捨てられる
 
わたしの国の天井では電球から蛍光灯へと吊るし換えられた
わたしたちの命題は夜を暗闇に葬ることなのか
 
地震が起きて電源が失われる
わたしたちのあやつられる足はそのとき言語を失調する
 
人生なんて人形芝居
ひとがあやつり人形にすぎないのならば
 
この足は思想が足かせ
こちらの足は装置が足かせ
 
疑惑をもみ消した信念など役に立たないのだ
人形たちが望むものは理論なんかじゃなく、仕掛け
 
ユートピア理論の敵は、自分のこころをユートピアにしてしまうことだ
人形たちのこころはじゅうぶんに貧しく。傷口だらけ
 
せめてできるだけ底の薄い靴を履くこと。地球を踏みつぶせる感じがして
そんな感じを履きたいとおもうのだ
 
自分の匂いがおもいきり染みるまで一着の服を着替えない
そんな日数を着たくなる
 
わたしは人形を背負った少女を背負っている
わたしは〈かたち〉と背中合わせ
 
少女はわたしにだけ唄う
あんたのこと好きじゃない
殺したいほど好きだけど
ほんとに殺すほど好きじゃない
 
少女はわたしにだけ囁く
ねえ、あたしのそばにいてよ
あんたのそばに、いてあげるから
 
一発の銃声は人生を変える
一度放たれた弾丸は世界のどこかに必ず当たるものなのだ
 
わたしの国では火のついた導火線の利用法を会議している
死んだふりした幽霊たちと、身を隠した透明人間たちと
 
誰かは走った
誰かは走らなかった
 
入り口が見つからなければそこはもう世界なのだ
出口がなければ〈出口はない〉と逆説する
 
インスタント食品〈最後の手段〉を買いにマーケットまで
詩も思想も笑いながら焼き捨てて
 
おそらく食事はおいしいとおもうのだ
いま飢えているところだし
 
一家団らんする
わたしと、逆説されたわたしと
 
わたしの人形と
逆説されたわたしの人形と
 
あやつられる時代と
逆説されたあやつられる時代と
     






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秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅