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長い公開質問を野沢啓さんにします。

公開質問+
01 /23 2023
 昨年、詩人で評論家の野沢啓さんが書かれた「八重洋一郎の詩に<沖縄>を読む」(「未来」夏号) と 「言語隠喩論のたたかい──時評的に1」(イリプスⅢrd01号) を読みました。というのも、日本現代詩人会が主催する2018年の現代詩人賞の選考が不正なものであったと書かれていると、当時の詩集賞担当理事だった中本道代から昨秋に電話をもらったのです。わたしは噂ではすこしく聞いていたので「詩論の戦いならばともかく、賞がどうのという、詩と直接関係ないレベルの話でしょ。どうでもいいんじゃない?」と答えたものでした。
 それでも気になってしまって読んでみました。いやぁ、読者であるわたしが顔が赤らんで恥ずかしくなるような、ゴシップ週刊誌の記事だとしたら、この週刊誌つぶれちゃうよねと思うほど、取材も定義も命題も証明も検証もない、憶測だらけの中傷記事なのです。「未来」は野沢さんの会社の雑誌だからそれでいいということなのでしょうか。
 それが当時の日本現代詩人会会長・新藤凉子の「不正発言」にとどまらず、賞金を供与する基金との癒着を述べています。まるで授賞者を基金が指名しているかのようにすら、一般の読者には読めてしまいます。万一、基金から注文があったとして、選考委員たちがそれになびきますかね? それが現実だったら最初っから誰も選考委員なんて引き受けないと思いますけれどね。選考委員の詩人としてのプライドをバカにしているとしか言いようがありません。
 実は当時、日本現代詩人会の理事長は秋亜綺羅だったのです。詩集賞担当理事が中本道代。そして現代詩人賞選考委員長は野沢啓さんでした。日本現代詩人会の「詩集賞選考委員会細則」では「第1条 この会に詩集賞を選考するための特別の委員会をおく。この委員会はこの会に属するが,選考についてはこの会から独立した自由な権限を持つ」とあります。つまり、ほかの誰かからこのような「不正」を訴えられて、それが事実だと判明すれば、いちばんに謝罪しなければならないのは、独立した権限を持っていた野沢委員長なのです。
 その肝腎の野沢委員長が「不正」を言いだしたのですから、まぁ他人には面白くて興味深いことなのかもしれません。しかし、このような委員長に当たってしまった担当理事と、理事長の身としては、委員長を差しおいて? 事実究明の仕事をしなければなりません。野沢委員長が開会を宣言して、野沢委員長が賞の決定を宣し、野沢委員長が閉会を告げたにも関わらず、です。
 野沢さんがいちばん中傷していると思われる、新藤凉子と以倉紘平はご存命であったにかかわらず(新藤はその後、逝去)、直接取材もせずに、噂と憶測であちこちに唾を吐くように活字にしています。それは卑怯で臆病というものです。
 わたしは最初、野沢さんに直接電話し、直接お会いし、二人が確実に事実と認め合ったことだけを発表しようと決意していました。でも、すでに汚い種はあちこちに蒔かれてしまっています。内部で解決できる問題ではなくなってしまっています。そこでいまや、誰でもが読もうとすれば読むことが可能である場所、このブログで「公開質問」として、意見と質問をさせてもらうことにしました。
 まずその前に、当時の詩集賞担当理事だった中本道代の文章を預かっていますので、全文を紹介させていただきます。
 ちなみに野沢さんならわかるでしょうが、新藤凉子と以倉紘平と中本道代と秋亜綺羅はそれぞれ、詩論も思想もまったく違います。言葉を扱う人間として、野沢さんも含めて、事実は何かを正しいやり方で追求してみましょうよ。
                           (秋亜綺羅)




二〇一八年度の現代詩人賞の選考について

                      中本道代


 昨年(二〇二二年)発行の「未来」夏号(未來社)と同人誌「イリプスⅢrd」01号に掲載された、二〇一八年度の現代詩人賞に関する野沢啓氏の文章は、選考が公正に行われなかったという趣旨のもので、当時の詩集賞担当理事だった私にとって、承服しがたいものでした。
 野沢氏は、第二次選考会の最初の会長挨拶の中で、その時の日本現代詩人会会長だった新藤凉子氏が「(野沢氏の推薦した八重洋一郎氏の)『日毒』だけは絶対に受賞対象とすべきでない」と発言し、さらに「それは現代詩人賞の賞金の財源を管理している者の意向だ」と言ったと書いています。これを読んだとき私は非常に驚きました。新藤会長は会長挨拶でそのようなことは全く言っておられないからです。私も続いて挨拶に立ちましたので、これは確かです。
 私は確認のため、現代詩人賞の選考委員長だった野沢氏以外の、六人の選考委員の方々にメールや電話で問い合わせてみましたが、そのような会長挨拶を聞いたという人は一人もいませんでした。さらに、選考委員会は公正に行われたと思うかという質問に、全員が、公正に行われたと明言されました。
 新藤会長が会長挨拶でそのような理不尽な発言をするのは考えられないことですし、もし仮にそういう発言があったとしたら、傍にいた秋亜綺羅理事長や私が止めようともせず黙認することはあり得ないことです。また、それぞれ詩に対して独自の考えを持つ選考委員の方々が、その発言の意を受けた選考をすることなども到底考えられないことです。野沢氏の主張は、どの方向から考えてもあり得ない筋書きの上に成り立っています。
 選考は、各選考委員の主体的な判断に基づき、真剣に討議され、最終的に投票で清水茂氏の『一面の静寂』が受賞、八重洋一郎氏の『日毒』が次点という結果を得たのです。野沢氏自身その時は、選考委員長として結果を認め、発表されたのではなかったのでしょうか。もし本当に不正が行われたと信じるのなら、なぜその時に少しも問題にされることがなかったのでしょう。
 野沢氏は「未来」や「イリプス」で「現代詩人賞の怪」「あるまじき横暴と独断」「おそるべき退廃」「恐るべき詩壇政治家の策謀」「非民主的な振る舞い」とおどろおどろしい言葉を連ねて選考が後ろ暗いものであったことを印象づけようとしていますが、どんな確かな裏付けがあっての言葉なのでしょうか。私が詩集賞担当理事を務めた二年間の中で、何らかの不正な動きを感じたことは一度もありませんでした。もちろん、当日の選考も、公明正大に進められたことは断言できると思っています。
 野沢氏が主張しておられることは、野沢氏の思い違いによるものか、意図的な捏造によるものかはわかりませんが、新藤凉子氏の名誉と、名前を書かれず「現代詩人賞の賞金の財源を管理している者」とだけ書かれている人の名誉を著しく傷つけるものであるばかりでなく、真摯に選考に当たった選考委員の方々や、受賞された清水茂氏に対して大変失礼なものだと思います。
                  (タテ組をヨコ組にさせていただきました=秋亜綺羅)





 以上が、中本道代の見解でした。
 さて、わたし(秋亜綺羅)から質問をさせてください。わたしは知らないことを知ったふりして物は書けません。わたしもいろいろと取材しましたが「そのお話と氏名を出してよろしいですか?」と訊いてNGだった場合は証拠になりませんので、わたしはその方のことはいっさい書きません。
 ただこうして野沢さんに質問する以上、野沢さんの記録はもちろん、記憶については、それをもとに話を進められると思います。ですから、わたし自身の記憶についても、野沢さんに議論の対象として認めていただきたいのです。
 野沢さんも「日録」を付けられているとのことですし、わたしも理事長の時の選考会の記録のメモ、理事長としてのメモは必ずダンボール箱から出てきます。
 ご回答はぜひ全文このブログに公開させてください。このブログの下の「コメント欄」では書きづらいでしょうから、わたしのメール(aa@akiakira.com)にお返しいただけるでしょうか?
 番号を付けて質問をいたしますので、番号で回答いただけるでしょうか。

① まず、2018年の選考委員の選出について野沢さんは「一説によれば、新藤会長はわたしの選考委員選定にも強く反対したということもあって、……高岡(修)はわざわざ鹿児島から呼びつけられわたしの『刺客』として起用されたらしい」と書いています。これ、野沢さん、まったくの嘘ですよ。誰から聞いたのですか? あの年は理事改選がありましたから、9月の第3木曜の理事会で会長も理事長も各担当理事もそこで決まったばかりでした。11月までには選考委員を決定しなければならず、10月の理事会で理事の一人が「選考委員の選出は会長と理事長に一任」と提案し、全員賛成で決まったのです。でも会則では、選考委員は理事会が決めることになっていますから、理事長になったわたしは、選考委員に推薦したい人をメールでくださいと、全理事に呼びかけたのです。それからは新藤会長との電話で「秋さんが決めなさいよ」と言われて、ほかの理事からいただいたメールをもとに、わたしが適切と思われる人に電話をして、内諾を一人ひとり得ていったのです。鹿児島の高岡修と、青森の高橋玖美子(H氏賞選考委員)は真っ先にわたしが決めました。あまり近くの人ばかりだと、選考委員同士が顔見知りだったりして、電話などであらかじめ候補詩集の話などされるのは好ましくない。もちろん、そんなことを疑う余地のない信頼できる人を選んでいるつもりですが、遠方の実力のある人を選ぶことで、選んだ側の意図も汲んでもらえるだろうと思ったからです。確かに黒岩隆も高岡修も歴程同人ではありましたが、ほとんど顔を知らない仲だろうと思ったからです。ところが、わたしは現代詩人賞の選考委員を、どうしても一人選びきれずに、新藤凉子に電話で相談をしたのです。そしたら「野沢啓がいいよ」と。わたしは「わたしも彼を尊敬しているけれど、彼は出版社を持っていますよ」と言ったのです。以前に、一色真理が自ら出版社をやっているという理由で選考委員を辞退したことを知っていたからです。そしたら新藤凉子は「そんなの関係ないじゃない。世間が広いってことじゃない。彼は博識よ」と言うので、野沢さんにお電話したのはわたしなのでした。野沢さんは新藤凉子に選ばれた、最後に決まった選考委員です。わたしからの電話、覚えていらっしゃいますか?
 ついでながら、例年だと2名ずつ理事を選考委員にしていたのですが、新藤会長が「理事が選考に関わっちゃダメよ」と主張し、2018年は1名ずつの理事。翌2019年はついに理事からの選考委員を0にしました。新藤会長はそのように「独立した自由な権限を持つ」選考委員会を守ろうとしてきました。
 ということで、いいことか悪いことか、新藤さんとわたし以外に、2018年の選考委員の候補へ電話した人はいないのですから、二人以外に実情を知る人はおりません。「新藤凉子が野沢さんの選出に反対していて、野沢さんの刺客に高岡修を」などと野沢さんに嘘をついたのは誰でしょうか? まさか野沢さんの憶測なんかじゃないですよね? 誰かを言えないのならば、この件はまず撤回をお願いします。

② 第1次選考会で野沢啓さんが選考委員長に選ばれた後『日毒』を推薦し、選考委員長の立場で『日毒』の長所を長々と力説する独壇場となりました。わたしはそこにオブザーバとして立ち会っていましたが(委員長はどちらかと言えば議長役であるべきで、そんなに自説を述べる必要があるのか? 選考委員各自の意見を聞くのならばともかく)と違和があったことを覚えています。議長として、ほかの2冊も同じくらいの時間をかけて討議なさるつもりはなかったのですか?

③ ①と②のどちらかがなければ『日毒』は最初から最後まで0票であり、俎上になることはありませんでした。第1次選考会の前の開票結果をわたしは家に持ち帰って再確認しましたが『日毒』は0票だったと思います。野沢さんも入れていなかったことになります。ただし、ボーダーラインの作品を中心に見ていたので、わたしの見逃しの可能性は否定しません。
 つまり、野沢さんが偶然に選考委員長になったことをいいことに、第1次選考会で全選考委員の頭に『日毒』を打ち付け、第2次選考会では半分以上の時間が、委員長によって『日毒』の是非にあてられました。そこまで強引な委員長のいる選考会を不思議にわたしは思いました。もちろん「独立した自由な権限を持つ」選考委員会にわたしが意見することはありませんでした。
 これだけ強引に『日毒』を持ち出したにもかかわらず、野沢さんのいう会長の不正な発言ひとつに負けてしまったというわけですか? 客観的に見れば、野沢さんの強引さこそが問題視されても不思議じゃない会でしたよ。どう思われますか?

④ 今回の「不正」と言われる「事件」について、選考委員長の責任はどう感じていますか? 野沢さんは、野沢さんに謝罪するしか解決しないと思いますが、どう思いますか? もちろん謝罪などされてはたまりません。野沢さんのいう「不正」も「事件」についても、野沢さん以外に誰も認めていないのですから。一人でいいですから、認める方を明言していただけませんか?

⑤ 野沢さんが会長の「不正な発言」を聞いたというのは、ほんとうに「会長挨拶」の時ですか? 中本道代の上記の文章のように、中本も全員に尋ねていますが誰も聞いていません。わたしも聞いていません。すくなくとも、中本道代もわたしも聞いていたとしたら、大騒動になっていたはずです。まして、野沢さんの反論など誰も聞いているはずもありません。全員嘘つきだと思われますか?

⑥ もし会長の「不正発言」が本当にあったとしたら「あなた(新藤会長)に選考会の部屋に入ることを禁じます」と委員長が言うのは、委員長の当然の仕事ではないですか? でも2次選考会に新藤会長はずっといましたよ。わたしもその隣に記録として座っていました。どうして新藤凉子の在室を許したのですか?

⑦ 高岡修が選考委員会で言ったとされる「言葉遊び」という表現だったか正確ではないですが、これはあきらかにホイジンガの文化論から来ているもので、遊びの無い政治言語は文化ではないという意味だとわたしは捉えました。つまり、選考委員たちは、その詩(遊び)こそを追求した結果、八重詩集の「手文庫」を評価したのではないですか? 「遊び」というのは野沢さんにとっては侮辱の言葉なのですか?

⑧ 野沢委員長ともあろう人が、選考結果を3票対4票で『日毒』は敗れた。と書いていますが、間違いです。確かに次点ですが、『日毒』1票、『風の痕跡』1票、『夜明けをぜんぶ知っているよ』1票で、3詩集が同票の次点です。『一面の静寂』が4票で過半数でした。そんな間違いだらけで大丈夫ですか? もちろん『日毒』の1票は野沢さんでしょう。ほかには誰も、最後の1票を入れなかったのです。間違いを認めますか?

⑨ 選考委員会は日本現代詩人会から「独立した自由な権限を持つ」会ではありますが、それと同時に、各選考委員は選考委員長の下にいる立場でもありません。選考委員は自分の力を出し切って選考に臨んでくれています。委員長の推す詩集を認めるのが選考委員の仕事ではありません。
 しかも、まるで基金の言いなりになった選考委員たちという構図を主張するのは撤回していただきたく思います。
 確かにこの世界にも票をお金で買おうとする人がいないとは言いませんが、どんな誘いにも圧力にも屈しない人を、選考委員としてわたしはお願いしたつもりです。選考委員長が会長に、結果的には基金に屈したとおっしゃるのならば、残念で仕方がありません。野沢さんが述べたい結論は、そういうことですか?

⑩ 野沢さんは、全選考委員の批評に異を唱えています。委員長が、ご自分の意に反する委員たちの批評を片っ端から否定しています。こんな行為は、不正なんていう法律でもなく、モラルでもなく、独裁的発想の不条理というものです。
 しかもその論理もひどく幼稚だと、わたしには思われます。
 たとえば「なお、ひとりだけ黒岩隆には(『日毒』への)言及がなかった。この詩人はのちに日本現代詩人会の会長を一期つとめたひとであるが、この意図的な無視」と野沢さんは書いています。この「現代詩2018」に収められた「選評」は一人の選考委員に1ページしか与えられていません。候補詩集は全部で11冊ありました。ですから、自分が気になったいくつかの詩集しか、取り上げるスペースがないのです。ちなみに野沢さんご自身の「選評」で取りあげられているのは、全体の4分の3は『日毒』について、ほかには5詩集について一言ずつ書かれています。合計6詩集。残りの取りあげられることがなかった5詩集に対して、野沢さんはどんな意図的な無視をされたのですか?

⑪ 新藤凉子の「不正発言」とされるあと「ある筋からのお達し」がその理由だと言ったとありますが、あれほど奔放な新藤凉子がですよ、相手が基金だろうと、天皇だろうと、誰かの指示に従うとは考えにくいです。少なくとも誰かの命令だから従う、みたいなことを口で言える人ではないと考えています。しかもそれだけの、野沢さんとのやりとりがあったのなら、2、3分の時間ではすみませんよね。みんなひとり残らず聞いているのは、確実なはずです。中本道代もわたしも、野沢さんと一緒になって強く抗議をしたことでしょう。そして「今の会長の発言は取り消します」とみなさんに伝えたでしょう。あの部屋にいた20名弱の人たちはみんな嘘つきだと言うわけですか? ついでに言えば、野沢さんは書いていますけれど、あの日「自己紹介」は無かったですよ。
 不確かな記憶や憶測を活字にするのはやめにしませんか?
 
⑫ その「ある筋」の話に行きたいと思います。野沢さんの文章によれば「さらに追及したところそれは現代詩人賞の賞金の財源を管理している者だという」とあります。「『現代詩人賞の賞金の財源を管理している者』とは桃谷容子資金というかなり大きな財源を自由裁量できる立場に立つ詩人」とも野沢さんは書いています。印刷屋さんのただの誤植だとは思いますが「資金」ではなく「基金」ですからね。
 でも、この誤植はとても大事なところなのです。「資金」ならば自由に裁量できる人の存在は可能です。だけど「基金」というのは国(文科省)の認可によって、お金そのものが「人」とみなされます。会社を「法人」という「人」とみなすのと同じです。「財団法人」に近いものです。定期的に運営委員会を開く義務があります。
 正確には「桃谷容子記念基金」といいます。実際にはすでに「公益信託現代詩人賞澤野起美子基金」に増資・合併されています。しかし日本現代詩人会では、現代詩人賞授賞の表彰状に「桃谷容子記念基金」の名を刻み、礼を尽くしています。
 その「公益信託現代詩人賞澤野起美子基金」と、H氏賞の賞金などを提供していただく「公益信託平澤貞二郎記念基金」の二つの公益信託基金の代表は郷原宏。運営委員には、以倉紘平、一色真理、中島悦子、平澤輝雄、山田隆昭がなっています。
 野沢さんの文章から解くと「大きな財源を自由裁量できる立場に立つ詩人」とは以倉紘平のことだと思われますが、違いますか? 名前を出さないのは名誉棄損の罪に当たると思うからですか? それとも、6名全員を疑っているのですか? 野沢さんが名前を出さないばかりに、世間からは日本現代詩人会の詩集賞の財源が疑われることになるのです。そうした意図と自覚はありますか?
 確かに「澤野起美子基金」の事務所は、運営委員長である以倉紘平方になっています。しかし基金のすべては、三菱UFJ信託銀行に預けられ、その銀行の高島茂氏が目的に合致していて適切か、否かを判断し、実際にはお金を動かします。実務的な処理も高島氏が実行してくれているものと認識しています。運営委員個人が自由に裁量できる余地はありません。
 毎年3月に、運営委員会は開かれているようです。そこで「事業計画」「収支予算」「事業報告」「処務概要報告」「決算報告」「収支決算」「財産目録」「信託元本増減表」が承認され、文部科学大臣あてに提出していると認識しています。届け出た目的以外に使おうとしても、高島氏のチェックを受けることになるでしょう。
 ことしの詩集賞選考も、3月の基金運営委員会も、疑惑の中のまま進んで行くのは気持ち悪いじゃないですか。この問題の真実をはっきりさせておきたいのです。野沢さんのこれらの情報源はどこなのか? あるいは誰なのか? 野沢さんが会長挨拶で新藤凉子が不正な発言をしたというのは野沢さん自身の耳で聞いて、ご自身の口で異を唱えたということですから、「野沢さんはこう言っている」という事実として受け止めます。ほかの主張については「~だそうだ」とか「一説によれば」とか、野沢さんほどの論客が書いてはとても恥ずかしいですよ。わたしが知っている部分に限っていえば、すべて偽りです。もう一度調べ直してはいただけませんか?

⑬ わたしは、新藤凉子が『日毒』をよく思っていなかったことも、以倉紘平がそうであったことも知っています。詩人が詩論や詩人評をするのは自由ですから、近しい人にあの詩集いいから読んでみて、と言うのは自由だし、いいことです。批判するのも自由です。もちろん、それが選考委員会の「会長挨拶」であればレッドカードです。「『日毒』はいい詩集ですね」と言ったとしても同罪です。
 それにしても、新藤凉子が当時日本現代詩人会会長だった立場を考えれば、近しい人に言うことも慎んでおくべきだったと、わたしは思います。近しい人だと思って言ったのに、実は遠かった人がいたのでしょう。しかし、新藤と以倉の二人が偶然『日毒』を好まなかったからと言って、日本現代詩人会と基金との癒着として結びつける文章を活字にするほどの価値は、どこにあるのでしょうか?

⑭ それから、どうしても知っておきたいのですが、野沢さんが「新藤会長は自分が属する歴程の会で、そのメンバーのなかから日本現代詩人会の会長をつねに輩出しなければならないという発言を繰り返していたという話も会員から聞いている」と書いていますが、どなたからお聞きになりましたか? わたしは、新藤凉子が会長でわたしが理事長、それが終わっても歴程のあらゆる仕事を一緒にしてきました。でも、わたしは日本現代詩人会の行事の中で「歴程」という言葉を新藤から一度も聞いたことはないし、歴程の行事の中で「日本現代詩人会」という言葉をひとつも聞いたことがありません。「理事から選考委員を出さない」という件もそうですし、新藤凉子はそういうケジメだけは誰よりもしっかりしていたと思うからです。新藤凉子は誰の言うことも聞かない奔放でしたが、新藤凉子には確実な信念と覚悟がありました。だからこそ、わたしは新藤凉子と楽しく仕事ができたのだと思っています。ですから、事実を知りたいのです。

⑮ 今回このことで取材を重ねていくうちに、「不正発言」について「確かに新藤さんは言った」と言う人が複数人いました。でもその人たちは全員、当日選考会場には来ていない人たちばかりなのです。中本道代の記録にもわたしの当時のメモにもない人ばかりです。そのことをただすと、最後には「新藤さんなら言いそうだと思った。(自分の)名前は出さないでほしい」に変わってしまうのでした。野沢さんもいろいろな方に取材されて書いたのでしょうから、もう一度確認をしてはいただけないでしょうか?

⑯ 最後に、わたしの意見を書かせてください。
 2012年に刊行されたとされる八重洋一郎の詩論の一部を、野沢さんは抜粋しています。

    詩は表現されたという事実以外にはいかなる客観
   性もいかなる確実性も持つことはできない。しかし
   この無根拠性、真偽不決定性、不確実性こそが詩の
   自由を保証し、その自由にこそ詩の純粋性がひそん
   でいるのだ。自由とはいかなる決定からも逃れてい
   ることであり、純粋とは書くことの徹底的な責任感
   覚のことだ。つまり詩は言葉の自動的自己完結性
   よって書かれることは一切なく、すべては詩人の意
   志と言語感覚のみに負っているのだ。言葉はでたら
   めな材料である。そのでたらめさ、不完全さ、思い
   がけなさ等々を極度に意識化、利用して何かを表現
   しようとする。表現しようとするから表現があり、
   そうでなければ表現はない。

 この八重洋一郎の詩論にはまったく共鳴します。わたしも詩というものをこのように考えています。「詩」は「小説」と書き換えても成立すると思います。「自由」はこの場合「解放」に近い「自由」であって「自由主義」の「自由」ではないと思います。その表現のスケールの壮大さにこそ意味があるのだと思います。
 この詩論に反対する詩人はあまりいないだろうと思います。だからこそ「手文庫」が評価されたのだと思います。「手文庫」以外の詩の言葉は、「でたらめ」「不完全」になりきっていないと、判断されたのだと思います。
 そこを、野沢さんはスケールを読み間違えているとわたしは考えます。つまり、野沢さんは『日毒』のノンフィクション性を力として評価しているからです。詩や小説でない、ノンフィクションには検証と証明、他人による校閲が必要です。『日毒』にはそれがありません。それはそうです。八重が目指すものは詩なのですから。
 ノンフィクションに自由はありません。事実という力だけです。でたらめも不完全もありません。ノンフィクションには、想像力で命題を作ったとしても証明できなければ、想像そのものを書く自由はありません。
 ですから野沢さんは「八重洋一郎の詩を読むことは沖縄の実情を読むことであり、<日本>の実態を知る」と書いていますが、八重にはいい迷惑だと思います。数学者でもあるという八重洋一郎が、実情と実態を訴えるための手段として、詩を選ぶわけがありません。
 わたしは八重の熱心な読者ではないので、お門違いな意見なのだろうことは承知しています。しかしノンフィクション性を評価すればするほど、八重洋一郎の詩は前に進めなくなるような気がするのです。八重がここまで詩に対する決意をしているわけですから、ノンフィクションへの道を行くよりも、このまま詩人の才能を生かした執筆活動を期待するのは、わたしだけではないと思います。
                             (秋亜綺羅)

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秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅