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「イリプス」Ⅲrd 03号の野沢啓さんの文について──秋亜綺羅

公開質問+
04 /24 2023
 わたしの大好きな「イリプス」のページを汚すなと書いたのに、わからない人ですね。「イリプス」の前号では、野沢さんの著となる書籍について、アマゾンの「レビュー」に書かれた読者の感想を2ページにもわたり叩きのめしています。ほんとに物書きなんですかね、野沢さんていう人は。ゼッタイにやってはいけないことだと思いますがね。

 今回のブログによる「公開質問」に対する、野沢さんの回答(?)の最後に「この文章は、秋亜綺羅がちゃんと扱う保証はないので、みずからのブログにも掲載する」と書いています。なにを言いたいんだろう、この人? そんな卑怯な奴なんているわけないだろう、と思ったわけだけれどね……。なるほど。今回の野沢さんの文章には、わたしの16の「質問」の内容はいっさい紹介されていません。そんな卑怯な奴って、いたんですね。自分がそうだからって、他人を一緒にしないでほしい。


「イリプス」Ⅲrd 03号の野沢啓さんの文は「公開質問という虚妄」「反論にもならない権力亡者の馬脚」といったインサートタイトルがあって、見出しだけで読ませようとする3流ゴシップ週刊誌に劣らないです、お世辞だけれど。秋亜綺羅の質問とその回答をうまく避けながら7ページにも及んでいて、とても立派です。


 野沢さんは「このひと(秋亜綺羅)はどういう資格でこんなつまらない文章を書いてひとに訴えようとしているのか」と書いています。確かに、嘘つきに付き合うほどつまらないことはありません。ほんとうにつまらないです。わたしは「ひとに訴えよう」などと思っていません。野沢さんがどうして真実がこれっぽっちもない文章を書き続けることになったのかを知りたいだけです。そして「資格」というより「責任」を逃れてしまった野沢さんの代わりに、当時の日本現代詩人会の理事長としての立場で、事実を確認しなければいけないと思ったからです。


 野沢さんの書くことに対して沈黙していることは、公益信託基金と日本現代詩人会との癒着を認めることです。もちろん事実だと判明すれば、わたし自身も野沢さんとともに闘うでしょう。だからこそ「公開質問」をしたのです。


 わたしは5年ほど理事をしていて、そのうち2年は詩集賞担当をしていました。その間、公益信託基金から圧力や権力を感じたことはありません。公益信託基金といっても、7名の委員は全員、日本現代詩人会会員の重鎮(?)ばかりです。それでも、馴れ合いを感じたこともありません。大体にして基金のお金を「自由裁量」できる人など存在できないのです。だから「裏」も「実権」も存在しないのです。そのくらいのことは取材してから書きなさいよ。


 質問には答えず、言葉じりをとるのが常套なようですが。野沢さんが選考委員長になった経緯をわたしは「偶然」と言い、野沢さんは「心ならず」と言った。「偶然」を否定する人が「心ならず」はないでしょう。つまり、どっちでもいいことばかり書いて、質問から逃げているとしか思えません。こんなもの7ページも書くほどヒマ人だったら、箇条書きにされた15の質問に答えなさいよ。(16番はわたしの意見にすぎないからいいですが)


 わたしの質問①の、高岡修が刺客として呼ばれた件については、間違いを認めたわけですね? 新藤凉子が野沢さんを候補として挙げたことも認めたわけですね? 

 

 わたしの質問のレベルが低くて答えてらんねぇや、と言いながらも、新藤凉子の別荘に招かれて楽しく過ごしたよとか、歴程には3回も誘われたんだぞ、とかお茶目に答えてもらってありがとうございます。2回でも4回でもよかったのですが。「わたしにはウソを言う理由がないから本当だ」という野沢さん。昔の小学生なら使っていたへ理窟かもしれないけれど、今どきはいくら何でもと大笑いでした。


 野沢さんに嘘を言う理由がないのなら、裏で実権を握っている者がいるのですか? という問題に進まなければなくなりますよ。そんな嘘ばかりを吹き込まれ、それを取材も調査も確認もしないで活字にする。おおよそ物書きの仕事とは思えません。


 それから。選考委員について新藤凉子が「秋さんが決めなさいよ」と言ったことを、独断的だと野沢さんは書いていますが、前後の文章をちゃんと読みなさい。理事会の提案により全理事からメールで候補者を示してもらい、そこからは会長・理事長に一任という理事会決定があったのです。それでわたしが候補者に電話をすることになったわけです。その一覧に野沢さんはなく、新藤さんの提案であったことは確かですので、野沢さん以外は理事会承認ということです。もちろん野沢さんも含めて次回の理事会で全員賛成で正式承認されていますので、野沢さんも問題ありません。


 野沢さんは7ページもの文を書くのに、どれだけ取材をされましたか? 中本道代とわたしは、第2次選考委員会当日に出席していた全員に連絡を終えています。野沢さんは証人が一人いる、と書いていますが。当時選考委員だった関西の一人の詩人が、新藤凉子が前のほうで誰かと話しているのを覚えている。それは誰とかは覚えていないし、話の内容は聞こえなかった、ということでした。ほかは全員、新藤凉子の会長挨拶でのその発言は聞いていないとのことでした。野沢さんが言う証人とは、その方ではないでしょうか?


 公益信託とは何かとか、全国の詩集賞授与関係機関の規約なども、ずいぶんと調べました。なんで「歴程」に飛び火したのか理解できませんが、歴程についてはここ5年ほどわたしが実務をしていましたので、調査には及びませんでした。同人どうしの論戦は当然ありますし、個性を曲げない詩人たちばかりです。詩壇で権力をなどという団結心など最初からないのが、歴程なのです。ただ、野沢さんも3回だか入会を勧められたように、新藤凉子はけっこう入会の勧めをしていたようです。野沢さんは、秋亜綺羅の理事長は新藤凉子の引きで、と嘘を書いていますが、その時はわたしは歴程同人ではありませんでした。新藤凉子とは初対面に近い状態で、新藤凉子会長・秋亜綺羅理事長の理事会が2年間あったというわけです。そこでわたしも誘われて歴程に参加することになったのです。今は辞めましたが。


 公益信託基金に対しては、今後どのように解決していくべきかを、相談しなければなりません。公益信託が選考に口を出していると言われたままでは、日本現代詩人会の詩集賞に賞金を出し続ける必要に疑問を持たれることでしょう。


 このままでは、2018年の現代詩人賞受賞者の清水茂にたいへん失礼になります。八重洋一郎にも失礼です。自分の意志とプライドを持って選考委員会に臨んだ当時の選考委員の詩人たちは、公益信託からの意思を汲んだと言われては心外でしょう。しかも、各自の選考評を選考委員長に批判(批評)される筋合いなどないでしょう。これまでの、H氏賞、現代詩人賞受賞者たちに対しても失礼というものでしょう。そして詩の世界に憧れる若い未来の詩人たちを落胆させることになるでしょう。


 わたしが「公開質問」を終了したのは、野沢さんによる嘘つきのベクトルがわかってしまったからです。質問には一つも答えず、その挙句「今回の公開質問のほんとうの仕掛け人はほかにいて、このふたりはその言いなりになっているのだ」だってさ。中本道代は当時の詩集賞担当理事として責任を持つための行動をしただけです。恥ずかしいことにわたしは中本より責任ある立場にいたことに気づき、二人で連絡を取り合ったことは事実です。その二人の本人が、理由がまったくない嘘の真上にまともに立たされたわけです。野沢さんの論(?)には、定義も証明もまったく無いのが不思議だったのだけれど。な~んだ、みんな、これだったんだ! ただの妄想! ぜんぶ嘘! と、わかってしまったので「公開質問」をするだけ無駄。それで終了したのでした。 


 最後に、野沢さんは「新藤がそんな馬鹿なことを私が会長挨拶で云うわけないじゃないの、と言ったという情報もおよそ怪しい。昨年十月七日に新藤は亡くなっているのだから、これは以倉の創作だろう」と書いています。野沢さんはなんて馬鹿野郎なんだ。あれは8月だよ。新藤凉子は以倉紘平からの電話の後すぐわたしに電話をくれたんだよ、激高して、とんでもなく。「絶対に許さないわよ」と。わたしはしばらく話を聞いて答えたのです。「大丈夫です。あの日のことは、わたしはちゃんと覚えています。一日中新藤さんの横にいましたから。4年も経ってなんで覚えているかというと、選考会で新藤さんが居眠りを始めたのです。最初は疲労がたまっているのだろうと放っておいたのですが、ちょっといびきが出そうになったので、さすがに肘を押しましたよ」と。新藤凉子はようやく落ち着いたようで「しばらくぶりに声を出して笑えたわ」と言って電話を切ったのです。「しばらくぶりに声を出して笑えたわ」がわたしにとって、新藤凉子の最後の声だったんだよ。その直後に新藤凉子の娘の美可さんから電話があり「母を入院させました」と。コロナのせいで面会もできず、電話も許されず、看護師さんを通して「秋亜綺羅に任せるから歴程祭をやりなさい」というメールが来たのです。そのまま新藤凉子は帰らなかったのです。「以倉の創作だろう」だと! 2度と言ってみろ! 全部が全部、その調子のお調子者め。


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秋亜綺羅

(1977.06.19)左から寺山修司、清水昶、八木忠栄、秋亜綺羅